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2月6日金曜日
何十分走り続けているのだろう。
榮は息苦しさに目眩を覚えながらふらついた。榮自身走っているつもりだけれど、とっくに足は自分の意志通りに動いていず、周りの景色も流れない。
大介の背中はおろか、同じように後れをとっている人の背中も疎らにしかみえなくなっていた。
途中で何人か道を引き返し坂を下ってゆく棄権者と榮はすれ違った。その姿を榮は恨めしく眺めた。何度もその後ろに着いて行きそうになる。
けれど、その度に大介の姿が脳裏をよぎる。
(怒るだろうな……)
榮は顔を顰め、重い足を引きずり前に進んだ。
(大ちゃんはきっともうゴールしてるんだろうな……)
”昨日は早くからガンガン寝たし、快調! ”
朝、でかい口全開でガハガハ癖のある声で笑いながら大介は榮に告げた。
やる気に充ち満ちていた大介の事だから、上位で到着しているんだろう。
榮は無意識に歩を緩める。
棄権すれば”絶交だ”と告げられた。
大介にしてみればいつもの軽口なんだろうが、その一言が榮にとっては重くその言葉に怯え、ここまで来た。だけど……
(いっそのこと、絶交された方が……)
この想いから解き放たれるのかもしれない。自己嫌悪にも繋がる、仄暗いここ最近自分の感情や行動。
大介に絶交されてしまえば、そんな煩わしさから逃れられるのかもしれない。
榮は、足を止めた。
ゴールは近いかもしれない。戻る方が距離がある。
それを承知で榮は戻ると決心し、踵を返した。
「榮ーーーーー!! 馬鹿、諦めんな!!」
瞬間、山道に大きな声がこだました。
聞き覚えのある声に榮が驚き、顔を上げると、霧がかった視界の先に大介の姿が。
ちらつく雪を掻き分けて、大介がどんどん榮に近づいてくる。
(大ちゃん……)
走って降りてきたせいか、大介は息を切らせている。
大介の揺れる肩先を見ながら、何も言えない榮の手を有無も言わせず、大介は引っ張った。
「もう少しでゴールだ。頑張れ! 榮、自分に負けんな。行くぞ!」
大介は誰よりも厳しい。けれど
(僕は、知ってる……)
大介は誰よりも、優しい。
(やっぱり、僕はこんな大ちゃんが……)
榮は、自ら断とうとした道を再び進み始めた。
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