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2月9日月曜日

*  *  *  大介と食事をし、片づけかけた時、直弥の携帯が鳴った。  見覚えのない番号で三コール躊躇したが、仕事関係だったら……と気になり留守電手前で出た。 「もしもし、田辺です」 _「……」  返事がなく、やはりいたずらかと切りかけたとき、弱弱しい声が聞こえた。 _「あの、……」 「はい。どなたですか?」  相手の二の句を促す為、語気を強めた。 _「遠野と言います。あの、」  番号と同じく、聞き覚えのない名前だった。 _「あの……大ちゃ……大介君……岩瀬君の友達で……」  突然大介の名前が出て来て、直弥は携帯と食器を片してくれている大介を交互に見る。 「す、すみません、ちょっとお待ち頂けますか?」  直弥は事情が全く呑み込めず、驚き戸惑いながらも電話の相手に返事をした。 「ダイスケ!」  受話部分を押さえながら、背を向けている大介を呼ぶ。  突然よばれた大介も驚いた顔で振り向き、直弥に近づいた。 「何? どしたんだ?」 「お、俺も訳が判らないんだけど……今、俺の携帯にダイスケの友達の遠野っていう名前の子から電話が」  携帯の向こうの相手に極力聞こえないよう、大介の耳元で囁いた。 「遠野? ……榮?! なんで、ナオヤさんの電話に?! とりあえず、代わるわ」  大介は直弥の手から携帯を取り、耳を傾けた。 「もしもし? 榮?」  _「大、ちゃん?」  電話の向こうの声は一瞬弾んだけれど、語尾は弱まった。 「え、え、? なんでこの携帯にお前から電話?」 _「大ちゃん、部室に携帯落としてて。電池切れてるし、探してたら大変だし、早く教えないとと思って。そしたら携帯から、名刺出てきて……」 「あーーーーーー!!」  大介の叫び声に、電話口の榮も横にいた直弥も、飛び上るほど驚いた。 「俺、落としてたのか!! 昼で切れてたからケータイ存在気付かなかった!! ポケットにちゃんと入れといたのに! バカだーーー!! 榮、ありがとな!!」  榮に礼を告げた後、携帯の終話を押し直弥に手渡し、大介は慌てて自分の荷物を置いている場所へ向かっている。 「ナオヤさんごめん、片づけ途中で。せっかく今日まだずっと居れたのにーー! あーーー! 俺、ほんとバカだ! 落としたなんて! もーー急いで来た意味ねーー!」 「ダイスケ……何? どした?」  大介の血相変わった様相に、直弥は驚いた。電池の切れた携帯を落としたのは大変だけれど、友人に拾ってもらっているのに、何をそんなに。 「榮ん家、今から取りに行って来る」 「今から?! 携帯なら、友達持ってくれてるし安心じゃないか。明日貰えば……」 「ケータイなんてどうでもいい」 「え?」 「あの名刺落とすだなんて……俺……」  制服の上着に袖を通しながら、滅多にない弱弱しい声で大介はつぶやいた。  驚き仰ぎ見た直弥は、泣きそうな大介の顔を久しぶりに見た。  うっすら耳に届いた言葉は、聞き間違いかと思ったから再び問う。  「めいし?」 「あぁ、名刺取りに」  聞き間違いじゃなかった。謎が解けた。  あの出会った夏の日、大介が持って帰った名刺の事か。書き加えた携帯番号。 (あの名刺を一緒に落としたから、大介の友達は電話番号がわかったのか)  でも、なぜ…… 「ダイスケ、あんな名刺こそ、そんなのいつだって」 「あんな名刺?」 「うん、名刺なんて、これからいくらだってあげるよ。今も持ってるし」 「あんな名刺……なんかじゃねーーよ! あれじゃないと……意味がない!! あれは、ナオヤさんから貰った初めての物で、あのおかげで付き合えて。俺、手に入れてから今日まで肌身離さず持ってたのに! あれは俺の宝もんで、替えなんてねーよ! 大事にしてたのに、落とすだなんて!」  大介は酷く傷ついた様子で、今にも家から飛び出しそうな勢いだ。    (なんの価値もない俺の物を、金に換えられない物の様に大事にしてくれている……) 「有り難う、ダイスケ。そんな大事にしてくれて嬉しい」 直弥は大介に駆け寄りしがみついた。 「だけど、今日は、行くな」 「だって……」 「雪降ってるし、今から行っても相手にご迷惑だろうし」 「でも!」 「明日、な、明日返して貰えよ。携帯と。な?」 「……」 「俺は……まだ、一緒に居てほしいんだ」  大介を繋ぎ止める手に力を込める。 「ダメか?」  本心だ。大事にしてくれていて嬉しかった。  明日は多分、会えない。今日はまだそばに居てほしい。  けれど、もう一つの本心が湧いて出てしまってきたのも事実で。 (電話をかけてきた子の所に、今から行かせたくない)  これはつまらない嫉妬で、嫌な勘だ。 自惚れかもしれないけれど、大介は俺の手を決して振り解いたりはしない。だから、心から縋った。 (俺は、ずるい)  大介は直弥の体温を感じた後、少し落ち着き、腰を下ろした。

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