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2月9日月曜日

 *  *  *     部室を片づけようとしていた榮の背中で、ポッカリ空いた大介の席の周りで残された部員がワイワイ盛り上がっている。 「えー、これって」  何か椅子の下に転がった物体を見つけた様子で 「こんな汚いのあいつしか」  「絶対そうだ。この汚いの、岩っちのじゃない?」 「どしたの?」  「榮ーー。岩っち、携帯忘れて帰ってる」 「岩っち、慌てて帰ったからなあー」 「ポケットから落ちて気づかなかったんだろうな」 「じゃあ、榮よろしくな」  同じ部活で同じクラスで自他ともに認める、大介と一番仲の良い友人として託された。       手渡されたボロッボロの携帯。  今まであまり気に留めていなかったけれど、改めて見ると、榮が何台も替えた間、大介のそれは知り合ってから一度も変わっていないかもしれない。  皆が「バッチい」と最低限の指でつまんで持ってきた物が、榮の掌の中にある。 「大ちゃんらしいな」  こういう物に無頓着な、傷だらけの携帯さえ大介さを感じられて、榮には愛しく思えた。  冬空の帰り道、携帯が無い事に気付いた大介から、かかって来たらすぐに出られるよう、ポケットに入れて握りしめたまま家路に急いだ。  けれど、その携帯は榮が帰るまで、一度も音も震えもしなかった。  部屋でよくよく見てみると、皆がスマホなのにまだ二つ折りのそれは、表面のディスプレイが消えていて。電池が切れている事を知った。 「……そうですか。解りました」  榮は自分の携帯を切った。  大介の自宅にかけてみたが、大介はまだ家に帰っていない。バイトではないと言っていた。  大介をつぶさに観察して感じた、ミーティング中に少しざわついていた榮の胸が、また騒ぎ出す。  ポケットから取り出し、机に置いた大介の携帯が再び榮の目にとまった。 「?」  二つ折りの間から紙片が僅かに覗いている。  少し戸惑いを覚えながら、ゆっくりと携帯を開くと……  机の上に、携帯に負けない位ボロボロの、一枚の名刺がひらひらと舞い落ちた。   榮が一枚の紙片を見つけてしまってから、時計の長針は一周している。その間ご飯を食べたけれど、味もせず上の空で……   この紙切れを見たのは、二度目だ。  印象的な出来事だったからか、開いた携帯から零れ落ちた瞬間思い出した。 ――夏休み明け  ホームステイから帰ってきて、大介との久しぶりの再会だった日。   大介の様子のおかしさに、榮は気づいてしまった。  その時、呼ぶ声も聞こえない様子で、大事そうに大介は一枚の紙片を見つめていた。そしてすぐ隠し、大事そうにしまった。  あの時より、くたびれてよれよれでボロボロだけれど、きっと同じ物だろう。  前は、よく見えなかったけれど、今それが手中にあり、内容も見て取れた。  見た目は普通の名刺。 ――知らない会社 ――知らない男性の名前 ――何度か書き損じてある、手書きの携帯電話 この紙片と大介をつなぐ道筋は、榮には全く見えない。  色々な思いが複雑に渦巻く中 (かける、かけない) 自分の携帯を握りしめ、いつの間にかこの二択が榮の頭を駆け巡っている

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