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2月10日火曜日

「はい」  大介の前で忘れ物を差し出す。 「あぁーよかった」  漸く戻ってきた忘れ物を手にし、大介は本当にうれしそうで。榮はその様子を何度も瞬きしながらも、見つめ続ける。 ――榮は、大介に差し出した。  右手に携帯、左手に名刺を。  榮が再び見る間もなく、左手の紙片は消え去っていた。  名刺を両掌で包み、拝むポーズを取った大介の指の色は無く、あの夏の日と季節は正反対なのに、同じ顔をした。榮の見たことのない表情。 ”それは、何?” ”ごめん知らない人に電話かけてしまった……” ”なぜその人の電話に大ちゃんが出たの?” ”一緒に居たの?” ”大事な用事って?” ”電話に出たあの人は大ちゃんの、何……” 昨日から……本当はもっと前から、聞きたい事、言いたいことが溢れ返っているけれど、大介を目の前にして、榮は一言も、何も聞けなくなった。 「携帯、」  引き取る気配のない、どんどん重みを感じる右手の携帯を笑顔で差し出す。 「あ、サンキュー!」  漸く、右手の携帯も主の元へと戻った。 「大ちゃん、携帯ボロボロだね。大成達も笑ってたよ、バッチいってさ」 「何? 汚いもん扱いって? 見つけてくれたのは感謝だけど……アイツら覚えとけよ!」  癖のある笑い声が部室に響く。漸く知っている大介の顔だ。 「まー、ケータイ買い替えるって決めたし。もう言われねーだろ」 「え、買いかえるの?」  驚いた。こういう物どうでも良いタイプな筈なのに。  そこに大介らしさを榮は感じていたのに。 「あー。今回落としたの原因って、電池切れて使い物ならなかったからだし。もう電池もたねーし、これからまたこんなこと有っても困るしな。連絡出来ないのも困るし」 「そうなんだ」  大介がどんどん変わっていく様な感覚に囚われる。 「ん? なんで俺が携帯替えたら、榮が不機嫌になるんだ?」 「あ! そっか! せっかく見つけてやったのに、すぐそれ替えんのかって? いや、ホント感謝してるって!」  見当違いな解釈で謝られ、榮は返事が出来なかった。 「そうだ、礼、礼しなきゃな!」 「……え、」 「拾い主の恩人のサカエ様に。何がいい?」  屈託のない笑顔で大介に尋ねられ、榮はまた困惑する。 「いいよ、そんなの」 「んだよ、遠慮すんなよ」 (けちんぼな大ちゃんが お礼する だなんて……名刺が見つかったのがそんなに嬉しかったのか?)  榮は苛立ちを覚えた。 「今日帰り、なんか奢……」  「判った。お礼して貰うよ。今日は良い。合宿で、してもらう」  昨日スケジュール計画書き込み途中の、ホワイトボードを見据えながら、榮は告げた。    

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