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2月12日木曜日
* * *
今日、合宿に行く準備が忙しいせいで、大介は直弥の家には訪れない。
直弥は寂しいけれど、心の何処かでホッとしたような気分だ。
きっと合宿の話が出ると、昨日の様に会話が止まってしまう。
せっかく楽しい思い出を作りに行く大介に、後ろ髪を引かせたくない。
踏み出す勇気もないくせに縋ってしまいそうな自分を嫌悪した。
会っても会わなくても
何をしても何もしなくても、時間は過ぎる。
そして、14日はやってくる。
結局、直弥にとっては何もない日になったけれど。
――大介との約束は、ただ”一緒に居る”だけではない。
9月から付き合って、もうすぐ半年。
「俺と大介は、まだ関係を持っていない」
色々と考えてゆくと、焦燥感に耐え切れなくなり、直弥は普段は殆ど吸わず、極力やめている煙草を銜えた。
大介にたまに吸っている事はばれているけれど、目の前で吸った事は一度もない。
くゆらせた煙の向こうに、眩しい大介の姿を思い浮かべた。
直弥に滅法弱い大介は、日々二人きりで触れ合っている中、数えきれない程のきっかけがあったけれど……行動に踏み出しては来なかった。
自分に対する何より深い思いやりを、直弥は感じている。感じるほどに、胸が苦しい。
付き合ってから解ったことだけれど、同性相手は勿論の事、大介には性経験自体が無い事を知った。
年から考えれば自然でおかしくもない事だ。
だけど、直弥は自分の年以上に、二人の間のハードルを感じた。
直弥は経験から大介との想像は現実的に出来てしまう。……密かに想像している。正直されたいとも思ってしまっている。
そんな自分の淫蕩さが恥ずかしく、知られるのが怖い。
何も知らない大介が、直弥に対して思い描いている想像は、本当の想像であり、もし現実を経験した時、幻滅に変わったら……
こんな冴えない自分を、全身全霊で好きだと言ってくれている大介。
(この今の関係全てを、失ってしまうんだろうか)
そんな事を考えると目の前が真っ暗になり、踏み出せない。
その癖、縋っている自分。卑怯だと思う。
普段は何でも話せて、心も通じ合えていると自負している。
けれど、そのことが関係すると、たちまち二人とも曖昧な迷路に迷い込む。
うやむやにしたまま過ごしてきた二人共が、世間の記念日にかこつけて、漸く踏み出そうとしたのが、14日だった。
だけど……そのきっかけさえ立ち消えた。
”好きになって欲しい”から、”嫌われたくない”になっている
「アイちゃん、すごいな」
言われた時に、図星すぎて直弥は息が止まった。
大介の事が好きすぎて、嫌われたくない気持ちが大きくなりすぎて、がんじがらめだ。
大介と付き合うようになってから変わってきているけれど、元来感情を素直に表すことも不器用だ。
身体に悪いと大介が怒る顔を眼に浮かべながら、直弥は二本目の煙草を手に取った。
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