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2月12日木曜日

「そういえば、田辺さん……」 「?」  周りを窺い、アイは小声で話を続ける。 「前に言ってた高校生の事、どぉなったんですか?」 「……え?」  アイの問いかけに直弥の握力が無くなり、せっかく束ねた書類が手から滑り落ちた。 「何言ってるんだい? アイちゃん」 「ごめんなさいっ! ちょっと思い出しただけです!」 「冗談でも、そんな犯罪みたいなこと、しないよ」  変な噂を立てられたらたまったものではない。直弥は否定した。 「やだ、勿論冗談ですよ。でも相手が高校生でも、結婚前提なくらい本気だったら犯罪じゃないですょ」  何を言ってるんだ、と仰ぎ見たアイの顔は至極真顔で。真面目に答えてくれているんだと、直弥の顔も真顔になった。 「俺には解らないけど、年の差はしんどいだろ」 「えーー楽しいと思うけどなあ。年なんて関係ないですよ?」 「それは下側の気持ちじゃないかな? 例えばだけど」  架空話のはずが、話はいつしか形を成している。 「え――上の人は、考えすぎちゃうから疲れちゃうんじゃないですかぁ? 自分はこうじゃなきゃいけないとか」  ふわふわとした喋り方なのにアイの言葉の内容が、直弥の胸にチクチクと刺さる。 「……そうなのかも知れないね。もしそんな事になったらの話だけど」 「上だからとか、考えすぎて”好かれたい”じゃなくて”嫌われたくない”で一杯になっちゃったら、身動き取れなくなっちゃいますよね」 「……」  直弥は、アイの言葉を聞いて相槌さえも出来なかった。 「アイちゃん、有り難う」  直弥はキョトンとしているアイを笑顔で見つめ、お礼の言葉をかけた。 「田辺さん……」 (きゃーー! 何?! 田辺さんっっこの破壊力ーー! アイにこんな顔してくれるだなんて、やっぱり……) 「だめですっ。私には遥平が! ごめんなさい、田辺さんっいくら年下好きでも、私は……」 「え? いやそれ、冗談でも ナイ から」   直弥の笑顔は一転して、一瞬冷めた真顔で呟いた。 「いや、あの、わ、私も冗談です! ごめんなさいーーっ!」 「あ、アイちゃん、」  アイの言葉を聞いて、直弥はそれまでの談笑も忘れて、色々なトラウマな過去とカオスが蘇り、イラっとして素で返してしまった。 (女の勘が……全然違ってたぁっ! もしかしたら田辺さんもアイの事が好きで、アイが遥平と付き合ってしまって、二人の仲がおかしくなったのかと……ちょっと思ってたのにーー田辺さんの顔怖かったぁーごめんなさいっもう自惚れませーん!)  アイはバタバタと走り去っていった。

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