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3月9日月曜日

――道で倒れている直弥の姿を見て、大介はその場から動けなかった。  素性も知らない、見た目は地味で、乱れたよれよれの格好のサラリーマン。心なしかやつれていて。  けれど、一目で脳天まで何かが突き抜けた。  うらぶれた姿なのに、性別なんて関係なく、こんなに心奪われ綺麗だと思う人に、今まで出会ったことが無かった。  人に言わせれば、最低最悪の状態……なのに。   周りの目なんて気にせず、介抱して連れて帰ることに躊躇なんて無かった。  見過ごすという選択肢は、その時の大介には欠片も無かった。   ただその後、今目の前に居る男の名前を背中で呼ばれ、人生最速で失恋する事になったが…… 煙草の煙に覆われた憎い遥平の、涼しげな顔にガンを飛ばす。 「はい。見付けました。確かに。オレは見つけた……」 (こいつは憎い。けど) 「オレは、あなた……ヨーヘイさんの事、正直嫌いッス。けど、一つだけ感謝してる」 「は?」 「あなたが、ナオヤさんを捨ててくれたおかげで、俺が見付けられた」  「……」   「あんな、心も顔も体も全っっっ部!! 綺麗な人、捨ててくれてありがとう。 おかげで俺が拾えた。感謝してます」  大介は初めて笑顔を見せた。 「オレはバカだから、ナオヤさんに捨てられる事あるかもだけど……オレは、あの人をぜったい離さない。そんな事、考えらんねー。 一生、大切にします」 「……あぁ、そう」  相変わらず遥平の言葉の抑揚も、横顔も何も変わらなかった。  ただ、大介の目には今日初めて遥平の瞳に翳りが見えた。

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