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3月10日火曜日

「部長も、怒るのが趣味みたいになってるな」 「あの人は、俺にだけに感じるけど」 「愛情表現だろ」 「じょ、冗談言うな?!あんな陰険な小言を愛情と思えって!?勘弁してくれ」  直弥は煙草を無意識に噛んで首を振っている。 (……いや、冗談なんかで俺は言ってないけど)  嫌悪に歪む直弥の姿を見ながら、遥平は心で呟いた。  部長はSっ気がある。  直弥の所在なさげな、謙遜がすぎる感じ。自分が悪いんですすみませんオーラ。  総じて自分に自信がない感じ。  そういう直弥の雰囲気が、他の誰より部長の嗜虐心を煽るんだろう。  遥平が傍から見ていて、部長が直弥を叱咤し始め時間が経つごとに、部長は高揚し、嬉々としている様に見える。 (まあ、直弥のそういう性格形成の一端を担ったのは、俺だけど)  そう思いながらも表情を変えず、遥平は直弥の愚痴を聞いていた。  直弥の愚痴を聞きながら、ふと思う。   以前自分の前では、こんな風に愚痴にしても直弥は話してはくれなかった。  もっと話せてたら別れることはなかったんだろうか? と、去年の夏後悔した時に一瞬思ったが、歪んだ形で独占欲を満たし、確認していた自分には、直弥とそういう関係は築けなかったろう、と冷静に思う。   やはり…… (あのガキの出現に尽きる、のか)  この間、直弥に内線で告げられた一言が、遥平の記憶から浮かびあがる。  ”大満足だよ”  今再び思い出し、遥平は珍しく胸の中が暗澹としてきた。 (表にストレートに出ている物が、想いとして全てだというのか?)  想いの大きさなんて、本人以外誰が解る?  そんな事、他人に解られたくもない…… 「愛情表現の、違いだろ」 (俺の想いも……)  最後の言葉は遥平の口から形として紡げずに、煙となって吐きだされ  触れるほどの近さに居る直弥にさえ届かず、夕闇に立ち消えた。  

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