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3月20日金曜日
「先生…遠野に……何か悪い事言ったかなと、ずっと気になってて。もし、失言してたら…すまなかったな」
生徒に気を遣っている口調で、頭を掻き言い澱みながら杉崎に問われた。
面倒くさい同好会の顧問を引き受けてくれる人柄そのまま、人の良さがにじみ出ている杉崎の様子に、榮は爪を噛んだ。
”得る物は大きかった”……けど
”二度と同じ日はこない”
あの夏の日も、あの冬の日も……
先生は何も間違っちゃいない。図星過ぎたから、言葉が胸に刺さる。
(そんなの、判ってる)
「いえ、何も悪いことなんて…有りませんでした。先生は、正しいです」
(そうだ……大人は、いつでも正しい)
榮はうなだれた。
--また、思い出される。
大介の自分には見せたことのない表情と、あの人の横顔。
名刺の人は、自分が判断した事になりふり構わず行動を起こし、結果大介との絆を揺るぎない物にした。
(勇気が出ず先伸ばしにした僕の末路は、大ちゃんに紹介される羽目になった)
大人の正しい判断。
いつも大人は正しいんだろう。
「正しいと、思います……でも、」
「ど、どうした?」
榮はまた杉崎の罪悪感の元になる、涙と息をのんだ。
(正しいけど、大人は)
「正しいけど、キライです」
(正しい大人は……キライだ!!)
「失礼します!」
榮は鞄をつかんで、杉崎の横をすり抜け、教室をあとにした。
「と、遠野?!」
ガーン
ガーーン
ガーーーン
「キライ……」
教師生活で初めて面と向かって、キライと告げられた言葉が、杉崎の脳内をエンドレスリピートしている。
担任杉崎、一年間最後の日。
ーおしまいー
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