159 / 255

3月20日金曜日

「先生…遠野に……何か悪い事言ったかなと、ずっと気になってて。もし、失言してたら…すまなかったな」  生徒に気を遣っている口調で、頭を掻き言い澱みながら杉崎に問われた。  面倒くさい同好会の顧問を引き受けてくれる人柄そのまま、人の良さがにじみ出ている杉崎の様子に、榮は爪を噛んだ。 ”得る物は大きかった”……けど ”二度と同じ日はこない”  あの夏の日も、あの冬の日も……  先生は何も間違っちゃいない。図星過ぎたから、言葉が胸に刺さる。 (そんなの、判ってる) 「いえ、何も悪いことなんて…有りませんでした。先生は、正しいです」 (そうだ……大人は、いつでも正しい)  榮はうなだれた。 --また、思い出される。  大介の自分には見せたことのない表情と、あの人の横顔。  名刺の人は、自分が判断した事になりふり構わず行動を起こし、結果大介との絆を揺るぎない物にした。 (勇気が出ず先伸ばしにした僕の末路は、大ちゃんに紹介される羽目になった)  大人の正しい判断。 いつも大人は正しいんだろう。 「正しいと、思います……でも、」 「ど、どうした?」  榮はまた杉崎の罪悪感の元になる、涙と息をのんだ。 (正しいけど、大人は) 「正しいけど、キライです」   (正しい大人は……キライだ!!) 「失礼します!」  榮は鞄をつかんで、杉崎の横をすり抜け、教室をあとにした。 「と、遠野?!」 ガーン ガーーン ガーーーン 「キライ……」  教師生活で初めて面と向かって、キライと告げられた言葉が、杉崎の脳内をエンドレスリピートしている。  担任杉崎、一年間最後の日。 ーおしまいー

ともだちにシェアしよう!