176 / 255

4月29日火曜日

 朝、直弥が目覚めると、大介の右腕で首をホールドされていた。  ぐっすり寝ている大介を起こすのは可哀想で、少しずつ身体をずらし、気付かれないようこっそり抜け出す。  よろけた足取りでキッチンに辿り着き冷蔵庫を開けると、原形をとどめていないケーキがそこに有った。  ケーキを見て思い出した。  大介が口に含んだ瞬間の少ししかめた真顔。  言われてから様子をみると、すぐに気付けた。 「苦手、だったんだな」  苦手だったのに、食べてくれてた。買ってきてくれた。 「あ……」  直弥の脳内が高速で逆行する。 (忘れてた!)  直弥は自分に驚き、額に手を当てた。  今までずっとずっと縛られていた記憶が、目の前の大介が全てで、忘れて出て来やしなかった。  ”全部、忘れて。俺の事以外。” ――クリスマスの日  路地裏で大介に呪文の様に、何度も何度も告げられた。   呪文が効いたのか。その通りに、なった。  直弥は冷蔵庫を閉め、重い足取りを急がせ大介の元へ戻る。  大介はまだよく寝ていた。子供の様な顔で。直弥は自然と笑みがこぼれた。  起こしたくはない。けれど、顔を見て伝えたかった。 「……ダイスケのお陰で、俺、忘れられたよ」  直弥は聞こえない程の声で囁き、大介に触れるだけのキスをした。

ともだちにシェアしよう!