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4月28日火曜日(別)
見渡すと、アイはもう帰っている。
適当に残っている女子社員をつかまえる。
「これ、皆で食べて」
流石女子、紙袋を見た途端、中身が何だか分かったらしく、目を輝かせて喜ばれた。
「良いんですかー?! 矢島さん、有り難うございます! アイちゃんもう帰っちゃったんですよ。残念」
「いや、気にしないで。残業見舞いだし。アイにはまた買ってやるから」
「矢島さん、やさしーアイがうらやましいー」
女子社員は遥平と会話をしながらもケーキの中身に夢中で、残業している社員も集まった。
「矢島さん、どれにします?」
「俺? あぁ、甘い物苦手だから大丈夫。皆で食べて」
「えーー? 矢島さん食べないのに買ってきてくれたんですかー?」
遥平の抑揚の無い意外な返事に、女子が驚いている。
皆のごちそうさまですと言うお礼の合唱にも遥平は振り向かず、自分の席に着いた。
暫くして、再び女子社員が遥平の元に訪れてきた。
「有り難うございます。すっごく美味しかったです。一つ、余っちゃいました。矢島さん、苦手でしょうけどもしよかったら、食べてみませんか?」
コーヒーと共に、ケーキを持ってきてくれている。
「あぁ、じゃあ、折角だから。有り難う」
コーヒーを口にしながら、遥平は暫くケーキを眺めていた。
食べないケーキは、無くならない。
今まで、直弥はどうしていたんだろう。本当に気になったことも無かった。
今、目の前の物が、口にしなければ消えない事実で、初めて思い巡らせた。
後で残りを独りで全部食べたんだろうか。
見向きもされなかった事に寂しさを感じながら、捨てていたんだろうか。
要らないと告げたのに買っていた直弥の自己満足な行為だと、重々承知だけれど……
一口だけでも食べてやれば良かったかも。
一度くらい有り難うと言ってやれば良かったかも。
一回でも自分が買ってやればよかったのかもな……
自分の履歴にはない思考が回り始めている事に気付き、遥平は考えるのをやめた。
「ガラじゃ、ないな」
遥平は目の前のケーキを口にし、少し顔をしかめ真顔になった。
-遥平おしまい-
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