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8月30日日曜日(寄り道)

 待ち合わせの時間よりたまたま早く出た。  偶然店に行く通り道だったから、少しだけ寄り道をした。  迷いながら結局、2本目の煙草に手をかける。  マンションの一角を見上げ、新たな煙を吐いた。  思った通り行動するのは、自分の悪い癖だと……一ミリも思わない。  何が悪い?  去年は大人げなく、ガキと張り合って若さに引っ張られ、踏み込むなんて野暮な事をしたけれど、今年は勿論しない。  だけど、やった事に後悔はしていない。  その時はそうしたかったのだから。 ――今日は俺の誕生日。   別に何もしやしない。遅れてきた思春期同士の恋愛でもしていればいい。邪魔はしない。  今日の誕生日は、他人の手によって、総て満たされている。  そんな自分が自身へのプレゼント、何かと思い立てば  今日……”ただ、顔が見たい”と思った。  一目見られれば、それで良い。  けれど、目安に決めた一本吸い終わるまで、直弥の姿は見られなかった。自分で決めた曖昧な基準。  今、二本目を吸い始めている。 (コンビニでも何でも、出掛ければ良い。出てこい)  珍しく未練がましく足を止めてしまっているのは、なまじ不在ではなく、家に居る事が判ってしまったせいだ。  通い慣れた部屋を見上げると、窓が開いている。  身体を心持ち死角に寄り身を潜めた。  こんな姿、先に見つかれば一生の不覚になる。  あの雨の日、会社を見上げて直弥の様子を見に来ていたガキをバカかと嘲笑したが、今の自分の姿は、まるで同じだ。  絶対にガキに見つかるわけにはいかない。 (どうせ、ガキも一緒にいるんだろ。直弥を俺から見張ってたら、笑えるな)  マンションに入る奴が居たら、タイミング合わせてエントランスに一緒に入り、いっそ、部屋まで踏み込んでやれば盛り上がったりするのか。  今自分のしている事が、自分らしくなく滑稽で、待っているのが面倒くさくなって、想像が飛躍した。  顔を見て帰るだけだ。想像を行動にうつしても別に自分は構わない。  が……直弥の逆鱗に触れ会社を辞められてもあれだから、思いとどまった。  直弥の姿が現れる微かな偶然を待ちながら、エントランスを眺めていたけれど、人の気配は一向になく。  煙草の火はフィルター近くまで来ていて、二本目が終わろうとしている。 (行くか)

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