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9月20日日曜日 2年目
* * *
杉崎は家に帰り、右袖が汚れとしわくちゃになったワイシャツを脱ぎ捨てるなり、ベッドに倒れこんだ。
「明日から連休で、よかったー」
(もし明日が平日だったら、朝一HRを平静で出来る気がしない……)
教師生活の中で、一番激動の一日だった。
(教師生活?)
色々と思い返し、自問自答しかけて、怖くなり考えるのは、やめた。
(今日のは教師の行動なのか? 今は考えるの、やめよう)
現実逃避よろしく杉崎はそのまま目を閉じ、食事も取らず眠りかけたけれど、勢いをつけ重い身体を起こした。
本棚に手を伸ばす。
大概の昔の書物は実家に置いてきた。
けれど、ボロボロになったそれはここにある。自分と同じ名前の偉人伝。
小学生の頃は難しかったそれを、度々今まで繰り返し読んできた。
一般的にはそんな有名な人ではないけれど、数奇な運命に翻弄された生涯。
自分とはまるで正反対の性格と行動で、ともかく憧れた。
(こんな事も、今まで……今日まで誰にも話した事なかったな)
本棚から取り出し、暫く杉崎は固まる。
”本、貸して下さい”
遠野はあの時言ってくれたけれど、ただの社交辞令で明日になれば忘れて、連休明けに会う頃には、何事も無かった前に戻っているだろう。
と思うのに、杉崎は気が付くと本を鞄に放り込んでいた。
「疲れたー」
思った以上に疲労感が半端なく、再びベッドに身体を沈める。
「……あ、」
本を手に取り、不意に思い出された。
杉崎が小さい頃からずっと考えていた事を。
憧れていた同名の歴史上の人は、29歳で非業の死を遂げる。
昔はその年齢がずっと先で、ずいぶん大人に感じていた。
”俺がその歳になった時、何してるんだろう? ”と、ずっと思っていた。
――29歳。
気が付くと、今、自分がまさにその歳になっていた。
「マジか……」
杉崎は両手で顔を覆う。
(こんな時に思い出すなよ、俺……)
今の自分。結婚もせず、波風立たぬよう平凡に暮らし。
今日は……一回り下の同性の生徒を追いかけ、慰めたいのに気の利いた言葉一つ言えず、『キモい』と言われ、笑われ。
(笑ってくれた、な)
泣いていた遠野が笑ったことを思い出し、杉崎は無意識に顔がゆるんだ。
泣いていると思うだけで、あんなに焦燥感に駆られ
笑われただけだとしても、笑顔に出来ただけで
笑ってくれただけで、何より嬉しかった。
(うん。遠野の言う通り確かに、キモイ……)
「俺は、こんな29歳になってしまいました。すみません将軍……」
杉崎は布団を被った。
-杉崎先生の文化祭おしまい-
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