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第35話 尊卑と犬

 静寂の中、門倉はカーテンを引き開ける。ズボンは膝まで下げられ、憐れな短刀を晒したアリスは腫れぼったい瞼を閉じた。  ――糸くずとなり、散って消えたい……。 「……っ…………」 「ア、アリス!?」  門倉は驚きながらも、ある一点に視線が集中してしまう。時すでに遅し、半勃ちで見苦しい愚息はふるふると震えていた。 「さ、西園寺にやられたんだ! これ助けてくれ……!」 「助けるって、いいのか、アリス?」 「え?」  ギシっと硬いベッドが軋んだ。門倉は神妙な面持ちで、上履きを脱ぐと膝を立て、ベッドへ乗り上げてくる。 「……触るぞ」 「えっ、えっ、待って! 違う! 門倉! ハウス! ハウス! 待て、……んっ……!!」  冷たく強張った掌の感触に背筋がしなやかなにのけぞる。じっとりと汗ばんだ掌に先走りの体液が吸いつくように絡みついた。  と、とうとつー!  助けるがなんで、そうなるんだよ!  門倉はミラクル棒を大きな掌でゆるゆると摺り下ろすように指先でこする。露わになった乳首は敏感に反応し、シャツに擦れると砂糖水のような甘い痺れとなって、さらに膨れ上がるように喜んでしまっていた。 「ここも」 「やだ! やっ……め、ろ! だめだ! はぅっ……!」  膨張した乳首を指の腹で撫でられる。動きを封じられてる為、抗うことすらできず、長い指先に挟まれると首を振りながら悶えた。そしてアリスは冷静な判断が出来ず、自宅で飼っている柴犬のポチと門倉を間違えてしまっていた。  (ポ、ポチポチポチー!来るなー!)  ポチが乳首などピンポイントで狙うはずがないのに、必死で抵抗してしまう自分がいた。 「……悪い、アリス、舐めてもいいか?」 「ハ、ハウスー!」  アリスは絶叫した。  はっとしたのか、門倉は逸る気持ちを制止し、名残惜しみながらも動きを止めて頭を下げる。 「ごめん、助けるってこっちじゃないよな。…西園寺は? 傷つけられてないか?」 「出て行ったよ。何もされてない」 「本当に?」 「本当だよ。縛られて、半裸にされただけ」  アリスはあえて雅也のことは伏せた。言いたくなかった。 「……おまえと付き合いたい」 「は?」  (いきなり、なんだ? こんな状態の俺にいまいう?) 「付き合いたい。こんな強姦まがいなことあんまりだ。これ以上、お前に酷い目に遭って欲しくない。おまえを守りたい。だから、付き合って欲しい」 「い・や・だ! お、お断りします」 「付き合ってくれないと、外さない」 「か、門倉! はずせよ!」 「外さない。舐めるぞ」 「……やめっ、んん!」  唐突に唇を塞がれ、緩めた手のひらでミラクル棒を強く握り締められる。 「アリス、俺はだめなのか?」 「だめ。門倉、おまえには他にもっといい人がいるよ」  紫苑とか……と言いそうになり、水樹との動画を思い出す。番ってしまった二人がアリスの瞼に焼き付いたままだった。すでに水樹や紫苑が遠い世界に存在する人間のように感じられる。 「おまえに何がわかる? やっと、人間らしく好きだって思える奴に出会ったんだ。相手を傷つけずに、傍にいて触れられる。一度でいいから、まっとうな人間らしく人を愛してみたいんだよっ……」  門倉は唇をきつく噛んで、寝台を睨んだ。 「おなじ人間じゃんか。バースなんて……」  (バースなんて関係ないのか……? そうなのか?)  水樹も、紫苑も、西園寺も、雅也もバースに囚われて縛られているように見える。 「俺はオメガを愛せない、βのおまえさえ振り向いてくれないのなら、人を愛するなんてこの先、一生無理なんだ」 「俺以外に……」  珍しく感情的な門倉に驚いて、相槌も打てなかった。  自分以外にもβはいる、と言おうとしたが、先ほどの雅也の濡れた瞳が目に浮かぶ。『僕達は(つがえ)ないんだよ?』と西園寺の言葉までもが呪いの呪文のように鼓膜にこびりつく。α(アルファ)β(ベータ)(つが)えない。αの門倉に添い遂げる勇気のあるβ(ベータ)なんて……。 「……ごめん。変な言いがかりだったな。こんなの、無理強いしてまで付き合うべきじゃないしな。結局おまえを傷つけて苦しめるとこだった。すまん……」  門倉は拘束していた手に触れて、きつく結ばれた結び目をほどいた。手首には色濃く痣が残っており、門倉は悲痛な顔をさらに歪める。  沈黙。  (……みるなよ)  そんな雨の中、捨てられたような仔犬みたいにさ。幼い頃のポチの残像が目に浮かぶ。 「……きよい」 「なんだ?」 「清いお付き合いなら、……付き合ってやるよ」  そっと唇を重ねる。  つい、絆されてしまった。  自分からキスしたのは初めてで、ほろ苦い味だった。

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