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第34話 運命と服従

 水樹は全身の毛穴からドッと汗が噴き出し、必死に抗い、激しい葛藤に耐えていた。  全身を支えている両手は痺れ、痛みへと変化していく。骨が痛い。筋肉が軋み、ねじれる感覚が襲う。気が狂いそうになりながら、組み敷く全裸の紫苑から視線を外す。妖艶な白い裸体が蜜を滔々に含んだ果肉のように誘ってくる。  ――駄目だ、オレヲミルナ 「……み、ずき、くん……? どうし、……て?」  紫苑は澄んで微塵の濁りもない美しい瞳を潤ませ瞬きを繰り返す。息も絶え絶えに苦しむ水樹は制服に携帯していた注射器を再び二本分、すぐに腹へ打ち込んで湧き上がる興奮を鎮ませていた。それでも絡みついてくる熱は引かず、仰向けになる紫苑の上に跨って、毛布を被りながら悶えた。  ……触りたい。  この絹のような肌に触れて、舐めつくし貪りたい。  ――そして歯形が残るまで噛みつきたい。  怒涛のごとく襲いかかる欲を抑え、自分の右腕を血肉が紫に浸潤するまで噛んだ。そして皮膚を歯噛みしながら、さらに痛みを増幅させる。理性を喪失させるような勃々とした興奮が湧き上がっていく。だが、屈服はしない。もうすぐ抑制剤が作用するはずだ。 「くそっ! おれは従わない! 絶対に屈しない!」  ぼたぼたと赤い血雫が紫苑の白い肌へ落とされ、水樹は苦痛で顔を歪ませた。狂い乱れるような水樹の煩悶に紫苑はわなわなと震え、身体を横にして小さく丸めた。 「……つが……わ、ない……の?」 「黙れ! 俺はおまえを番にはしない。俺はアリス以外を愛することはない。たとえおまえが運命の番だとしてもだ!」  憎悪に満ちた怒鳴り声が鐘のように響く。風のような悲鳴が紫苑の唇から漏れ出ると、僅かにビクンと白魚のように撥ねた。 「……ひっ、ぁ、アッ、かど……」 (怖い怖い怖い怖い怖い)  それでも溢れて濡れていく孔がひくひくと蠢いては欲しいと疼く。狂乱じみた渇望が喉の奥底から欲求のようにしみだしてきては、紫苑は赤くそめた林檎の頰に涙をとめどなく流し落とした。 「おまえもこれを飲め! 早く!」  錠剤を口の中に突っ込まれ、紫苑は喉を鳴らして飲み込んだ。粘膜に張りつきながら、唾液で抑制剤らしき薬を胃の底へ押し込む。 「……んぅ」  視線すら合わせない水樹が恐怖でしかなかった。 (……こんな凶暴な男が番なんて嫌だ)  それでも体が欲しい。楔で貫いて、服従してしまいたい。もう好きなのか? 惚れているのか? 紫苑は跳ね上がっていく鼓動を薄い皮膚一枚に感じてしまう。 「運命なんて自分が決めるんだ。俺はそんなものには服従しない。跪くのはアリスで十分だ」 「アリス……?」  紫苑は水樹の言葉に眉根を上げる。聞き覚えのある名前に意識が僅かに戻ったように感じた。 「カメラが設置されてるはずだ、このまま、動かすからおまえは合わせろ!」  脂汗を滲ませ、毛布を被って全身を隠して水樹は腰を動かす。ズボンは履いているが巨大な膨らみがみえ、まだ興奮が治まっていないのがわかった。  恐怖と震えで紫苑は頷きながらも涙が止まらない。そして、その凄艶な動きに反応してしまっていた。 「……やっ……、ほし、いっ……!」 「欲しがるな。おまえはアリスじゃない、俺はアリスしか愛さない」  何年も愛し続けたものが破壊される。守りたいという唯一の意識だけを頼りに、水樹は鋼のような理性に縋って、運命の波へ逆らう。 「これがバースの本能なのか……」  人間であるが故に理性に従いたい。それでも繁殖しろと脳の奥底から叫んでくるものを感じてしまう。ふきこぼれるような激しい欲望が神への教えならば背くことは不可能だ。まるで運命という敵に反逆を企てる隷属のような気分に水樹は舌打ちをした。 「…んぁ、あ、ぁん……!」 「クソ! 俺はアリスだけ愛する。たとえ、運命だとしても俺は戦ってやる」

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