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おまけのおまけ

「あれ? アリスのうなじ、どうしたの?」  紫苑は保育園の見送りを終えて、隣のアリスの家に遊びにきていた。明日は連休で、アリスだけが先に休みをとっている。  白をベースにして、淡いイエローやグリーンなど明るい色調でまとめられたアリス達の部屋は広く居心地がよい。門倉家はいつも散乱しているので、ちょくちょくお茶を飲みに遊びにきていた。  すでに紫苑の双子たちは四歳。毎日息もつく暇もなく慌ただしいが、門倉やアリス夫々の協力もあり、紫苑は幸せに過ごしていた。 「これね、水樹が噛みついてきたんだよ」 「水樹くんが!? ……っ」  だされたハーブティを吹き出しそうになって、紫苑はカモミールの味にむせてしまう。 「酔った勢いでかぶりつくんだもん」  アリスはぶつぶつと文句をたれる。  それでもその顔は(ゆる)んであまい。左手には華奢なリングが光彩をはなって(きら)めき、水樹の愛情が(しる)されている。二人は籍をいれて正式な家族となり、いまや紫苑の理想の夫々だ。 「いいなぁ、ぼくも噛まれてみたい……」  紫苑は蚊のなくような声で呟く。  身体を重ねたが、うなじを噛まれたことはない。白魚のうなじは綺麗なままだ。一度、噛もうとした門倉を拒否してしまってからご無沙汰で、子供が生まれてからは暇すらない。門倉がヒート酔いしてしまう体質なだけに、(つが)わないと二人で決めたが、やはり歯形をみると羨ましさが募る。  かつてはアリスと付き合っていたが、いまは深く愛してくれる。夫としても、パートナーとしても文句はない。それでも、どこか欲してしまう自分がいて、取り残されたような寂しさがあった。 「門倉に噛まれちゃえばいいじゃん」 「!?」  アリスの言葉に驚いて声がでない。アリスはことの重大さをまるで理解していない。  一度うなじを噛まれると、発情は噛まれたαに限られる。命が尽きるまで添い遂げなければならない、そして捨てられたら悲惨な境遇におちいるのだ。水樹に噛まれそうになった恐怖がまだ瞼の裏に焼きつき、番わない理由のひとつがそれだった。 「番うんじゃなくて、噛むだけとか」 「え、あ、うん……」  それでも、怖いものはこわい。  紫苑は俯いて、声に心をなくす。 「いいじゃん、ヒート終わったんだろ?」 「ん、でも……」 「(まい)(ひかる)もあずかるけど?」 「悪いよ、だめ、だめ……」  首を横に振って断るが、アリスは気にすることなく歌舞伎せんべいをぱくつく。気持ちは嬉しいが、気がひけてしまう。 「たまにはゆっくり休みなよ? 俺も双子達といるの好きだし、遠慮はいらない」 「でも悪いよ……。水樹くんに怒られる」 「いいよ、いいよ、ああ見えて子煩悩だから、こっちも楽しませてよ」  アリスは一人楽しそうに、夕飯はオムライスにするか、と勝手に決めてしまう。あれよこれよとお迎えまで頼んでしまい、紫苑は二人を預けて自宅へ戻った。 ◇◇◇◇ 「――それで、今日は二人なのか?」 「う、うん」  久しぶりに静まりかえった部屋で、門倉はロイヤルブルーのネクタイを緩めてワイシャツのボタンを外す。  警察官になって毎日忙しいが、双子が生まれてからは早く帰宅するように部署を移動した。紫苑は絵本作家で忙しいのに、育児と家事を負担してもらっており、風呂だけはいれたいと、その時間に間に合わせて急いで帰ってきたのだ。  持て余した時間はながく、二人で夕食を食べ終えると、寂しくなったのか紫苑は身体を寄せてくる。  門倉は紫苑を抱いて、顔をよせた。 「紫苑、するか?」 「……うん」  こくりと素直にうなずく紫苑が可愛い。気持ちをおさえ、門倉は寝室へ抱きあげて移動する。分厚い胸からは紫苑の鼓動がはやく波打つのが伝わってきた。  床に服を脱ぎ散らかし、二人は濃厚なキスを続けていた。  唇と唇を触れあわせて、熱い口づけを楽しんで味わい尽くす。 「あ、っ、んっ、んー……」  ピクピクと白い肌が跳ね、門倉は粟立つ乳輪を指でつつくと、果実のような唇が濡れてつやつやとひかる。 「ずっと、嫉妬してた」 「え、あっ」  甘噛みされて、紫苑は門倉をみあげた。 「水樹もよく耐えたなって。こんな綺麗な体に我慢なんてできない」 「あっ。やぁ……」  門倉は全身にキスの雨をおとす。白桃のような肌は透きとおって、美しく輝きをはなってみえた。 「好きだ、紫苑」  低く囁いて、耳朶を噛むと紫苑は身をよじってあえぐ。 「あっ、あ、あ、んん」 「水樹にもみせたのか?」 「や、あれは……!」  紫苑はぱっと仰向けになった上半身を起こそうとして、門倉がこめかみに口づける。 「――悪い、言いたかっただけだ」 「んっ……」 「俺だって、アリスとキスしたしな。傷つけてばかりで、ごめん」 「……っ、んん」  紫苑の目尻に涙が伝って、舌ですくいとっていく。そっと舐めて、触れる。後孔はしどけなく濡れているが、まだ愛撫がたりない。  あのとき門倉は水樹に負けたと思っていた。紫苑も、アリスもすべてを手に入れた水樹に、絶対に勝てないと。  水樹がアリスをえらび、そしてアリスも水樹を追った。残された自分に紫苑は健気にそばにいようとしてくれ、いつしか心を打たれ添い遂げようと決めた。 「水樹とアリスに感謝だな」 「ん……」 「好きだ」  門倉は鎖骨に舌をはわせて、尖った乳首を愛撫する。静かに、そして、ゆっくりと時間をかけて白く滑らかな肌へ愛情を柔かな綿のようにしずませていく。 「んっ、あ、あ、もう……」 「なんだ?」  わざとらしく門倉は笑みを浮かべ、太腿へキスを落とす。ひくつく窄まりは濡れそぼっている。 「はぁっ、んん、や、きたな……、い」  頼りない陰茎を口に含み、先っぽを扱くとぴゅっと白い液が飛びだす。門倉は喉を鳴らして美味しそうにいただく。 「いれ、て、……ぁ、ん」  紫苑は自分から膝をたてて四つん這いになり、濡れた陰部を門倉へ捧げる。物足りなさそうにひくひくと動いて、孔は妖しくひらいて誘ってくる。それでも、門倉は挿入しようとせず唇で後孔を舐めて柔らかくほぐす。  指先で乳首をはさみ、乳輪を剥がすようにひっぱりながら尖った先を刺激して孔を舌でさらに濡らした。 「まだだ。たっぷり愛をしみこませたい」 「ひゃ、あ、あ、っ……!」  後孔はぱくぱくとひらいて、太い雄をまつ。丁寧に唇で愛撫しては、鋭敏な舌で孔を舐めて溶かした。 「ここも、性感帯になるみたいだ」 「ゃっ、あん、ッ」  乳首から脇の下、そして、太腿を空いた手でくすぐられ、紫苑の全身が蕩けて悦ぶ。悦楽に溺れる紫苑を楽しみながら、門倉は久しぶりの紫苑の顔を味わった。 「愛してる」 「はぁ、あ、ぼくも、好き」  あまい砂糖水のような蜜壺を吸われ、紫苑の小さな雄はなんども果てる。欲しい、欲しいと孔はひくついて泣いていた。 「ここも可愛いな」 「ンッ、もう、……ほしい」  指先で紫苑の柔らかな昂りを撫でると、たらたらと先走りの精子が垂れて糖蜜のように誘惑していく。 「まだ足りない」 「やだ、や、や、ケン、もう挿れてぇ」  絶叫に似た悲痛な声でせがまれると、さすがの門倉も弱い。  双丘をわりひらき、漲った雄をひくつかる孔へあてる。門倉が雄で肉壁をひらいていくと、紫苑は我慢できずに尻を振って奥へと飲みこんでしまった。 「いやらしいな」 「やぁ、だって、こんな、まてないっ」  腰をうねらせ、雄を擦りつける姿は淫乱だった。それでも快楽に堕ちた姿は美しく、さらに魅力的にみえる。 「あん、ん、ッ……」 「おまえを俺のものにしたい」  門倉は悔しそうに、つぶやく。甘い吐息が混ざり合いながらも切なげだ。 「ケ、ケンのものだよっ……」 「いつか誰かに奪われるんじゃないかと不安なんだ……」  優しく、そして、擦って、ぬりこむ。番わないと決めたが、紫苑をみつめる周囲の視線はつねに熱を帯びている。アリスがそばにいてくれるものの、毎日うなじを噛まれないか不安だった。水樹の気持ちがなんとなく分かり、同情してしまう。 「ケン、あの、あっあっ、……か、噛んでぇ」  紫苑はクッションに顔を埋めながら、陶器のように白いうなじを見せる。そこでやっと、か細い首筋に黒のチョーカーがないことに気づく。 「いいのか?」 「ひぁ、あ、もう、も、終わったから……」  小刻みに揺さぶれながら、紫苑はうるんだ瞳で振りかえる。いま噛んでも番は成立しない。まえに噛もうとしたときに紫苑は震えて拒否した記憶が残る。 「でも……」 「かん、で、ケン……!」  蕩けるような糖蜜が誘いこんできては、噛んで、吸って、食べてしまえと頭のおくへ呼びかけてくる気がした。 「優しくできないかもしれない」    理性が止めようとするが、紫苑が微笑んだ。 「いいよ、ケン。あ、ん、もっと、激しく突いて……」  その言葉に、ぷつんと糸が切れる。門倉は細い腰を強くひき寄せて、紫苑の背中に覆いかぶさる。  柔らかな匂いがくすぐり、記憶が薄れた瞬間、うなじを噛んだ。 「……ん、っ、あ、ぁああああ」  艶尻をつきだし、さらに肉を咥える。まるで本能に導きだされるように、二人は奥へと奥へとなにかに誘われていった。 ☆☆☆☆☆☆  ひりひりとした痛みで紫苑は目が覚めた。時計をみると、すでに八時。昨夜は寝ずに何度も求めて、求められた。  思いだすと頬が赤くなり、恥ずかしい。子ども二人を産んでおきながら、醜態を晒してしまった気分になる。 「しまった! 舞と輝! アリスに電話しなきゃ!」  愛しの二人の結晶を忘れてしまいそうになり、紫苑は慌てて携帯を手にとる。すると、LINLINにメッセージが浮かんで、動物園にいくので夕飯を食べてから帰るとあった。  アリスの優しさと気遣いに泣きそうになる。水樹が惚れこむ理由がうなずける。 「アリスからか?」 「うん、動物園に行ってるみたい。ゆっくり過ごして欲しいって」 「そうか、ありがたいな」 「うん、……あのさ、ケンはまだアリスが好き?」  ずっと奥底に沈めたものを吐きだす。一度は付き合った二人。  門倉を振り向かせる為に、紫苑はあれから長い年月をかけて頑張ってきた。アリスも気を利かせて、ダブルデートに誘い、イベントも手を引いて四人で出かけた。それでも、いつも自分の気持ちばかり膨らんで重く感じてしまい不安だった。  それは子どもを産んでも、どこかで埋もれたまま消えない。 「好きなら、水樹に殺されるだろ」 「あはは、そうかも」  紫苑は笑ってしまう。確かに想うだけでも水樹は許さない。 「おまえが好きだ、いつもありがとう」 「うん、僕も。ケンもありがとう」  不意に身体を引き寄せられ、激しくキスされる。いつもなら優しいキスもきょうは朝から貪って求めてばかりだ。 「まだ、足りないんだ」 「え……? あ、んっ」  門倉は紫苑をベッドにもどして押し倒した。  柔らかな朝の陽光が紫苑の透き通った肌をてらし、腫れぼったい乳首が膨らんでみえる。 「愛してる、紫苑」    門倉の滾った雄は硬く、すでに我慢できそうにない。紫苑はあっという間に快感にのまれていく。 「え、……っ、あ、あ……」  楔に揺さぶれながら、淫靡に身体をひらいた紫苑の頭にアリスの言葉がうかぶ。 『――出産したらホルモンが変わって、フェロモンも変化するっていうじゃん』  (まさか、そんな……)  門倉の瞳は青白く炎を灯したように映ってみえた。  噛まれた痕はまだ痛い。また傷も消えるはずだ。紫苑は名残惜しく思いながらも悦楽に浸っていった。  その十月十日後、新しい命が誕生して西園寺が号泣したのは言うまでもない。  か細いうなじに歯形は深く残り、紫苑はいっそう門倉を愛した。 おわり

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