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プロローグ
誰かに取られてしまうかもなんて考えることが増えた。隣に居られるだけでは物足りなくなってしまった。だからこれは僕の我が儘な話で終わるはずだった。
「先輩……僕は……あの、ですね」
放課後の誰もいない屋上。野球部やサッカー部の掛け声がわずかに聞こえるくらいで、それよりも僕の心臓の音の方が何倍もうるさかった。
「うん、何?」
僕の目の前にいるのは、三年生の及川旭陽 先輩。知り合ったのは僕がこの高校に入学して一年目の五月。委員会が一緒だった。
「朔夜、何か緊張してるの?」
先輩の少し長めの前髪が、夏の日の生暖かい風に乗って光に溶け込んでいく。
――やっぱり綺麗な人だな
思わず見惚れていると、先輩は右サイドの髪の毛を耳にかけた。その仕草にさらに心臓が大きく脈打つ。聞こえたかな、気付いているかななんて考えて一人で焦っていくのが馬鹿らしく感じる。
「朔夜、耳まで真っ赤」
先輩が微笑む。
「旭陽先輩とは違って、僕はこういうのには不慣れなんですよ」
「はは、そっかそっか」
そう言って茶化した先輩だが、すぐさま僕の目を真っ直ぐと捉えた。僕の言わんとしている事が先輩にはもう筒抜けなのだ。僕ばかりが子供のようで、たった一歳の差がどこまでも無限に思えた。
「先輩、酷いですよね。僕が言おうとしている言葉、本当はもう知っているくせに」
「えーどうなんだろう、俺は魔法使いじゃないからなあ。朔夜の考えていることは分からないや」
そう言うと、先輩は一笑する。
「嘘つきですね」
「まあ……想像くらいは出来るけどね」
先輩が僕に近付いてくる。
鼓動が早まって、緊張が高まってどうしようもなくて。
後ずさりすることしか出来ない。
カシャンと屋上のフェンスに背中が触れた。
「あ、さひ先輩……近いですよ!」
屋上のフェンスと先輩に挟まれる。逃げ道はいくらでもあるのに、僕は期待をしてしまう。
僕は、こんな状況でも先輩を押し飛ばして逃げることをしない。
「ねえ、朔夜」
先輩の顔が近付く。首筋に感じる先輩の吐息が熱い。心臓が破裂して死んでしまいそうだった。
「その言葉、俺が代わりに貰ってもいい……?」
「え……?」
これは、僕の我が儘な話で終わるはずだった。
それなのに――
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