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第5話 過去

 どうして旭陽先輩が嘘をついたのかは分からない。でも、分かりたくもなかった。 「可哀想な朔夜。俺の性格の悪さ時雨から聞いたんでしょ」  教室の前で口元を隠しながら笑う旭陽先輩は、僕が知っている先輩には見えなかった。時雨先輩は呆れに似た溜息をついて、僕に耳打ちをしてくる。 「ごめん、こいつも混ぜてやって」 「あ、はい……大丈夫ですよ」  僕がそういうと時雨先輩は旭陽先輩の背中を思い切り叩いた。 「痛いな、なにすんの」 「屋上のドアの前で食うから早く準備しろ」 「嫌だな、もう食べ終わってます」  旭陽先輩はそう言うと「いこう」と言って僕の背中を押した。  屋上のドアの前は誰もおらず、静かな場所だった。 「漫画とかアニメなら屋上に入れるのになあ」  旭陽先輩は鍵のかかったドアのノブを無駄に回すと一人でクスクスと笑った。 「ごめんな朔夜。うざいだろこいつ」 「い、いえ……なんだか旭陽先輩が知らない先輩になったような気がして……少しだけ不安というか……」 「お前、朔夜の前でどんだけいい奴ぶってたんだよ」  時雨先輩のその言葉に僕の心臓はチクリと痛んだ。結局僕は旭陽先輩に遊ばれていたんだろう。いつからだろうか。二回目のカフェの時からだろうか、一回目だろうか。それとも僕が知らないだけで、シャーペンを壊すのも先輩の計画だったのだろうか。なにも分からなくなって溜息ばかりが出た。 「酷いな時雨は。元々俺はいい人でしょ」 「は、冗談は顔だけにしろよ」 「ひどっ。ねえ聞いた朔夜」 「あ、えっと」  僕が返事に困っていると、時雨先輩が旭陽先輩をくいと親指で指しながら言った。 「こいつと俺、幼馴染なんだよね」 「そう、なんですか?」 「うん、時雨とは小さい時から一緒だよ」  旭陽先輩は僕の隣に立つと「座ろうよ」と言って僕たちを促した。半分ほど残したお弁当をつつきながら、僕は二人の先輩の話を聞くことにした。  時雨先輩は凄く気さくな人だった。 「旭陽は、もとはこんなに嫌な奴じゃなかったんだぜ」 「時雨はさっきから俺に対して酷い」 「そうなんですね」  僕がそう言うと、旭陽先輩が今度は話し出した。 「俺、中学一年から二年生まですっごい、いじめられていたんだよね」  その言葉は、まるで青空に飛んでいく風船のように軽くて明るい声音で僕の鼓膜を刺激した。

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