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兄貴のほほ笑み6
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部活を終えた兄貴と馬鹿女が向かった先は、市立図書館の自習室だった。
図書館の奥にある自習室が見渡せる本棚の隙間に、うまい具合に体を隠し、ふたりの様子をじっくりと窺う。他にも来館している客がいるので、派手な行動をするとは思えないけれど、相手はあの馬鹿女。油断するわけにはいかない。
兄貴は馬鹿女の横で楽しそうにノートを指さしつつ、ささやき声でなにかを話しかける。僕に向けてくれるのとはあきらかに違う笑みに、胸の奥が軋むように痛んだ。
(クソっ、あんな女にそんな笑顔で話しかけるなよ……)
どうにも見ていられなくなり、本棚に背中を預けて天井を仰ぎ見た。奥歯をぎゅっと噛みしめながら、持っている本を右手で握りしめる。
好きになった相手が同性というだけでも異質なのに、兄弟という関係がオマケについた途端に、逃げられない想いという鎖で、躰をがんじがらめにされた運命を呪うしかなかった。
家族としていつも一緒にいられる幸せの一方で、こうして間近で兄貴の好きになった女を見せつけられることは、僕にとって不幸せの極みになる。
図書館に響く椅子を鳴らした音に反応して、慌てて自習室に視線を飛ばしたら、馬鹿女がこちらに向かってやって来た。バレたかもしれないことを想定し、手にした本を開きながら馬鹿女に背を向けて歩いてみせる。
ドキドキを隠してゆっくり歩く僕を馬鹿女は颯爽と追い抜かし、すぐに左へと曲がる。すると後方から、同じような音が耳に聞こえた。
(――兄貴がこっち来るかもしれない!)
顔の前に本を掲げながらヒヤリとしたのもつかの間、僕がいる反対側の本棚の前を歩く気配を、靴音で察することができた。それに安心して馬鹿女が曲がった左側の本棚から顔を覗かせると、人目のつかない薄暗がりの本棚の前で、ふたりが抱き合っているのが目に留まる。
馬鹿女が兄貴の首に両腕をかけたタイミングで、お互い顔を寄せ合ってキスをした。
「くっ!」
見たくないものを見せつけられているのに、貪るようにくちづけている兄貴の顔から目が離せなかった。同じようにそうしてキスしてほしいと、願わずにはいられない。
「ねぇ、黒瀬先輩……」
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