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兄貴の絶望

 僕が晩ごはんを食べようとリビングに顔を出したタイミングで、先に食べ終えた兄貴とちょうど入れ違いになった。 「兄貴、これから勉強するんだろ?」  すれ違いざまに話しかけた僕の顔を見、ハッとした顔の兄貴は息を飲む。 「あ、うん。その予定……」  歯切れの悪い兄貴の言葉に、僕は満面の笑みを浮かべてみせた。 「だったら兄貴が頑張れるように、美味しい紅茶を淹れてあげるよ」 「辰之……、サンキューな」 「そんなに僕の部屋に入れなかったこと、ショックだったんだ?」  現在進行形で兄貴が気にしてることを、あえて口にしてやる。 「そりゃあ、あんなことがあったあとだし、拒絶された感があるっていうか」 「マジで手が離せなかったんだよ。あの最中で」 「あの最中って、ぶっ!」  不思議そうにする兄貴にわかりやすいように、手首を上下にブラつかせながら教えた途端に、目の前にある顔が耳まで一気に赤く染った。この手の話にめっぽう弱い兄貴が、可愛くて仕方ない。 「ねっ、開けられないでしょう?」 「おまっ、そんなことを堂々と言うなって」 「兄貴がいつまでも引きずってるからいけなんだよ。言わざるを得なくなった僕の恥ずかしい気持ちくらい、ぜひとも考えてほしいよねぇ」 「宏斗といつまでも喋ってないで、早くご飯食べちゃいなさい!」  兄弟でかわす卑猥なネタに、呆れた義母が突如割り込んだので、仕方なくダイニングテーブルの席につく。 「辰之、悪かったな」 「別にいいって。紅茶、楽しみに待っててよ」  互いを思いやる、優しさを含んだ兄貴とのあたたかいやり取り。それはこのあとに訪れる、兄貴の絶望の序章になるだろう。  真面目な兄貴の希望を絶望に変える段取りを考えながら、晩ごはんを食べたのだった。

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