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弟の悦び3

***  あの日以来、弟はバレー部の練習を時々見に来るようになった。現れる時間帯はバラバラだったが、いつも小一時間ほど体育館の隅っこで練習風景を眺めてから、ひとりで帰っていく。  学年が違うため個人的にまったく接点はないし、家でも俺が避けているから会話はほとんどない。ゆえに俺を観察できる部活の時間を狙って、顔を出しているようだった。 (ただ隅っこでコッチを見てるだけだから邪魔にならないし、出て行けと怒鳴りたいがそれをすると、チームメイトに心配をかけることにつながる。あの大きな瞳で見られるだけで、嫌なことを思い出して気が散ってしょうがない――)  大会前の大事な時期だというのに、弟のせいで集中力が続かなかった。やりきれない気持ちを隠して練習している最中、それは起こった。 「黒瀬っ、危ない!!」  学年別対抗戦をおこなっていた。1年を相手に試合をしているとき、大きな声をかけられた。よそ見をしていたわけじゃなかったが、気がついたらバレーボールが目の前に飛んできていた。  そのボールをアタックしたのは、レギュラー入り確実と言われた1年のもので、それなりに勢いがある。  顔面にボールを受けた俺は、無様に尻もちをつき、そのままコートに倒れた。 「兄貴っ!」  横たわった俺を心配する声があちこちから聞こえてくるのに、なぜだか弟のものだけが耳について離れない。 「兄貴、大丈夫? 返事をして、兄貴っ」 「……辰之うるさい、恥ずかしいだろ」  ボールを受けた眉間に触れながら起き上がったら、小さな塊が横から俺に抱きつく。抱きしめられた感触で弟なのがわかり、すぐさま振りほどきたかったが皆の手前、それはできなかった。 「黒瀬、大丈夫か?」 「監督すみません。少しだけ気分が悪いです」  そんなやりとりを経て、今日の練習を早めにあがることになった。  体調のすぐれない俺は、そのまま保健室に向かう。部室に置いてある制服やカバンを持ってきてくれと弟に頼んだ。 「兄貴の荷物、すぐに保健室に持ってくるね。早く家に帰って休まなきゃ」  まくし立てるように喋った弟は、血相を変えて部室に駆けて行く。俺は黙ったまま、その背中を見送ったのだった。

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