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弟の悲しみ2
(邪魔すんなよって、どうしてこんなことになったんだ? だって辰之は俺が好きなはずなのに――)
そう考えついた瞬間、昨日叫ばれた言葉が脳裏を駆け巡った。
『兄貴なんて大っ嫌いだ!!』
それまで、見たことのないくらいに怒っていた辰之。目を血走らせて俺を睨みあげ、怒りにまかせて大きな声を出した姿に、俺はひゅっと息を飲んで戦慄くしかなかった。
「辰之くん、また逢いに来るからね」
腰を抱き寄せていた手を放した若林先輩が話しかけると、なぜだか辰之はぎゅっと両目を閉じながら、利き手で口元を押さえた。しかも顔が、さっきよりも赤くなっている。
「辰之おまえ、体調がよくないんじゃないのか?」
「ちがっ…そんなんじゃな、いぃっ!」
あからさまにびくんと躰を震わせた辰之に駆け寄ろうとしたのに、一歩早く若林先輩が慌てて支える。
「俺と離れたくなくて、そんな顔してるんだもんな?」
「そう、です……。寂しくて」
肩で息をしつつ俯きながら答える辰之は、いつもの様子とは思えなかった。
「辰之……」
俺と目を合わせず若林先輩に躰をあずける姿は、まんま恋人同士に見えた。なにか声をかけて二人を引き離したいのに、言葉が宙に舞う。
「若林先輩っ、黒瀬を保健室に連れて行ったほうがよくないですか? 顔が赤いのって、熱があるのかもしれないですよね」
横にいた箱崎が、緊張感を含んだ声で説得をはじめる。
「辰之くんの顔が赤くなってるのは、大好きな俺の傍にいるせいなんだよ。さっきまでそこで仲良く抱き合っていたし」
若林先輩が辰之の頭を撫でたタイミングで、廊下に予鈴が響き渡った。
「その証拠に辰之くんが教室に戻れば、顔色はいつもどおりになるから。名残惜しいけどじゃあね」
わざと俺に体当たりしてから階段を降りていく若林先輩の行動に、自然と苛立ちがつのった。
「黒瀬先輩も早く教室に戻らないと……」
箱崎に声をかけられて、やっと我に返る。己の中に渦巻く負の感情を、両手を握りしめながらやり過ごしつつ辰之に視線を送ると、逃げるように教室に行ってしまった。
「黒瀬の様子が変だったら、保健室に連れて行きますので安心してください」
「箱崎助かる。昼休みにまた顔を出すから」
しっかり者の後輩に頭を下げて、慌てて教室に向かう。だが気持ちは辰之のことが心配で、授業がまったく身に入らなかったのだった。
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