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弟の悲しみ
次の日、辰之がいるクラスに急いで向かった。教室の扉を慌てて開けたら箱崎が素早く駆け寄り、しょんぼり顔で声をかけてくれる。
「あ、黒瀬先輩。一歩遅かったです」
「やっぱりな。授業がなかなか終わらなかったんだ」
中休みの短い時間だが、間違いなく若林先輩が辰之の教室に顔を出すと予想したからこそ急いで出向いたが、無駄足に終わってしまった。
昨夜、辰之とのやり取りのあとに、LINEで若林先輩に連絡した。もうこれ以上辰之に手を出さないでほしいことをお願いしたが、そのメッセージは既読スルーされ、未だに返事もない。
「俺も一応、黒瀬を止めたんだけど、おまえには関係ないの一点張りで突破されちゃいました」
「辰之はなにもわかってないな。友達として、こんなに心配してくれてるっていうのに……。箱崎、ありがとな」
「黒瀬は前回予鈴が鳴ってから、教室に戻って来てます。だからこのフロアのどこかに、若林先輩と一緒なんだと思いますけど探しますか?」
肩を落としながら教室を出た俺に向かって、箱崎から提案された言葉。それに反応して振り返り、返事をしようとした矢先だった。視線の先に顔を赤くした辰之が、教室に戻ってきた。若林先輩はそんな辰之の後ろ姿を、ニヤニヤしながら見送る。
相反するふたりの態度が気になったが、それどころじゃない。
「辰之っ!」
足早に歩いて辰之の躰を抱きしめる。なにかされていないか心配で、細い背中を無意味に擦ってしまった。
「大丈夫か?」
屈んで顔を見ようとしたら、思いっきりそっぽを向かれた。こんなふうに今まで拒否されたことがなかったゆえに、頭を殴られたようなショックが全身を貫き、抱きしめた腕の力が緩む。それを見越したのか、誰かの手が辰之から俺を引き離した。
「辰之くんはお兄ちゃん離れをしたんだ。人目のつくところで、堂々とイチャつくなって」
若林先輩は辰之の腰を抱き寄せながら、自分の顔を辰之の頭に乗せて、仲の良さを見せつける。
「辰之、おまえ――」
「僕は若林先輩と付き合うことにしました。きっかけはどうあれ、これでよかったんです」
「わかっただろ。LINEでぐちゃぐちゃ文句を言われる筋合いはないってことさ。黒瀬、邪魔すんなよ」
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