80 / 114

特別番外編【Voice】

 清楚さを表す絹糸のような柔らかな髪。ピアノの黒鍵のような黒髪は真っ直ぐで、彼の性格を表していた。惹かれる部分はそれだけじゃなく、あどけなさを残した大きい瞳と通った鼻筋。そして耳に残る声を奏でる唇は、今すぐにキスしたくて堪らなくなる。  だが俺たちは友達の関係。好意を必死に隠すために、胸の奥深くに畳む。そのことにまったく気がついていない黒瀬は、今日も俺の名を呼ぶ。はじめて彼の声を聞いたときの甘い衝撃は、忘れたくても忘れられなかった。  バレーの強豪校として名を馳せている高校に無事に入学し、見知らぬクラスメートに囲まれながら、このあとのことをぼんやりと考えていた。  自分の特殊な性癖についてバレたら、間違いなくここでもやっていけない。中学がそうだったから。誰も受験していない遠くの高校に来たのも、そのためだった。 (結局アイツに遠距離恋愛は無理だと勝手に別れを告げられ、悲しみに打ちひしがれる間もなく、テストテストの毎日で中学が終わり、なんとかここに来たけど、とりあえずゲイバレしないように彼女を作って、それから――) 『箱崎って、高校でもバレーをやるつもりなのかな?』  とても耳障りのいい声が、左から聞こえた。首を動かして声の主を見たら、ホームルームで自己紹介していた、クラスメートの中のひとりなのがすぐにわかった。 『唐突にごめん。僕、黒瀬辰之。ひとつ上の義理の兄貴がここのバレー部にいる関係で、箱崎に声をかけたんだけど……』  耳を通り抜けて、胸を震わせるような心地いい澄んだ声に、思わず固まってしまった。黒瀬の長いまつげが何度も上下に動き、俺の顔をじっと見つめる。 『箱崎、もしかして怒ってる?』  親しげに顔を寄せられた瞬間、頬に熱を持つのがわかった。無垢な瞳に見つめられるだけで、なにかが煽られる気がして、慌てて立ち上がる。俺の驚きを表す感じで、座っていた椅子が大きな音を立てて倒れた。  そのせいで一斉に集中する視線に慌てふためいたのは俺よりも黒瀬で、小柄な躰をさらに縮こませながら、怯えた表情をありありと浮かべる。 「黒瀬、悪い。怒ってないから、全然! ちょっとビックリしただけ。考えごとをしててさ」  俺は周りに聞こえるように大きな声で言い放ち、ちょこんと頭を下げた。和解したかのようなその様子で、クラスメイトの視線から無事に解放される。 『そ、そうだったんだ。僕こそいきなり声をかけてごめん』 「黒瀬のお兄さん、バレー部なんだ。もちろん、ここでもやるつもりだよ。そのために受験したんだし。お兄さんの話、もっと聞かせてほしいな」  黒瀬の綺麗な声を聞いていたくて、思わず強請ってしまった。俺とは質のまったく違う声は、いつの間にか好きになる材料のひとつになり、心の中を支配していく。

ともだちにシェアしよう!