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特別番外編【Voice4】

 スマホを返さないことを示すために、ブレザーの内ポケットにしまう。 「別におまえには、関係ないことじゃん。あの兄弟はめでたく、くっついたんだしさ」  黒瀬の卑猥な声を聞くことのできる大事なものを俺にとられた若林先輩は、眉根を寄せながら床を蹴り上げるという、ふてくされるような態度をとった。 「関係あるに決まってるだろ! 俺は黒瀬の友達なんだ」  いちいち俺の琴線に触れるそれに、怒りが声になって表れる。 「うわぁ、めんどくさいのに絡まれた……」  若林先輩は口元を引き攣らせて、言わなくてもいいひとことを呟いた。そのせいで俺の中にある積もりつもったものに、一瞬で火がついた。自分よりも大柄な若林先輩の襟首をむんずと掴み、誰もいないであろう体育館の物置に向かうべく、引きずりながら歩く。 「箱崎離せよ。ちゃんと説明するって!」  受験生の身として問題を起こしたくない若林先輩は、されるがままでついてくる。引っ張る俺の腕に手をかけて、ちまちまと上下に動かすだけだった。 「箱崎の複雑な気持ちは、わかってるつもりだからさ」 「アンタなんかに、俺の気持ちなんて知ってほしくありませんっ!」 「見てりゃわかるだろ。同じ相手のことが好きなんだし」  俺は足を止め、引きずられる若林先輩に振り返った。 「箱崎ぃ、怖い目で見つめないでくれよ。それなりのイケメンがそんな顔してるせいで、5割増で怖いことになってるからさ」 (さっきから言わなくてもいいことばかり口にするコイツを、これからどうしてやろうか――) 「悪かった。おまえの大事な黒瀬に手を出して。このまま体育館倉庫でボコボコにするのは、ちょっと勘弁してほしい……」  迷うことなくまっすぐ突き進む俺の動きを予測したのか、若林先輩は行き先を口にしながら、俺に向かって両手を擦りつけて拝み倒す。 「若林先輩を体育館倉庫でボコボコにする」 「ヒッ、おまえがそれを言うとか、マジで勘弁してくれって」 「若林先輩をボコボコに……」 「たっ、確かに、そんな気持ちになるのはわかるぞ。大好きな黒瀬が俺にヤられたことを知って、怒りが頂点に達しちまったんだよな。せめて殴るなら、顔はやめてくれよ。首から下なら許可するし」 「……首から下なら、攻めてもいいんですね?」  しばしの間のあとに問いかけた俺に、若林先輩はどこか嬉しそうに食いついた。 「おぅよ! 目立たないところなら、一発や二発受けてたってやる。箱崎の怒りがそれでおさまるのなら!」  若林先輩の襟首から手を放し、腕を掴んで引っ張ると大人しくついてくる。これから自分が、なにをされるかも知らないままに――。

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