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特別番外編【Voice11】
「普通は偏見の目で見られたくないから隠すことなのに、若林先輩は臆することなく堂々とカミングアウトしてるだろ」
「そうですね」
入学後の部活の自己紹介でいきなりカミングアウトされて、面食らったのがつい最近のことのように感じた。
「俺の場合は義理とはいえ、相手が弟だから余計に言えない。言ってしまったら、辰之を巻き込むことになるから、なおさら……」
「黒瀬先輩と若林先輩の立場が違うんですから、当然じゃないですか。あの人はなにも考えず、傍若無人に振舞ってるだけですよ」
吐き捨てるように告げた俺に、黒瀬先輩は優しく瞳を細めた。
「箱崎の目にはそう映るかもだけど、実際問題違うと思うけどな」
「違う?」
「ああ。若林先輩はゲイと聞いて、自分も同じように見られたくないヤツは、絶対に近づかないだろ。襲われるかもしれないなんて思って」
「確かに……」
性的な目で見られることが嫌なヤツは近づくどころか、奇異な目で自分たちを遠くから眺めるだろう。どうして男相手に興奮するんだって。
「そんなの関係なしに付き合ってくれるヤツを選別するために、わざとカミングアウトしたんじゃないかと思うんだ」
「まぁ有り得そうですけど」
「誰かに後ろ指をさされることが平気な人間は、まずいない。あえてその選択をする強さを持つ若林先輩が、俺としては羨ましいなって」
黒瀬先輩に見つめられるのがなぜだかつらくて、まぶたを伏せてしまった。俺が苦手とする若林先輩が羨ましいなんて口にできることのほうが、正直すごいと思われる。
「箱崎が若林先輩となにかあったことについて、これ以上詮索するつもりはないし、介入するつもりもない。だけど一応、部活を共にするメンバーだからさ。表面上だけでも取り繕ってもらわないと、他のメンバーも気を遣うだろ?」
「はい……」
「俺としても本音をぶっちゃけちゃうと、遠慮なくなんでも突進してくる若林先輩が苦手。だけどあれでも、うちの部のムードメーカーだからこそ、大事に扱わなきゃだし」
さきほどよりも声のトーンを落として語る黒瀬先輩に、俺の困惑が移ったのかと考え、ゆっくり視線を戻した。
「箱崎……」
「黒瀬先輩」
「とりあえず若林先輩と話し合いして、おまえの中にあるなにかを解消しろよな。辰之も心配してるんだぞ。ここのところ浮かない顔してるって、アイツの口からも出てるくらいに」
「黒瀬がそんなことを――」
友達として気にかけてくれる、黒瀬の気持ちに報わなければと思った。
「黒瀬先輩に、俺からもお願いがあります」
「箱崎からのお願いって、どうせ辰之絡みだろ?」
「はい。今回あった試験なんですが、数1の範囲が指定外からも出題されるというアクシデントがありました。それこそ塾に通ってるヤツらも、相当苦労したって耳にしたくらいに」
試験のことを口にした途端に、黒瀬先輩の頬が真っ赤に染まった。
「おまえ、辰之との話を盗み聞きしたのか!?」
「すみません。そういうタイミングで聞いちゃいました」
「マジかよ。恥ずかし……」
いたたまれなくなった黒瀬先輩は、俺に背中を向けて赤い顔を隠した。
「黒瀬としても今回部室から追い出されたことで、すごく嫉妬していましたし、フォローも兼ねて夜這いしてあげてください」
クスクス笑いながらお願いした俺に、目の前で悩ましげに頭を抱える仕草がさらに笑いを誘った。
その後黒瀬先輩と語り合ったあと、高校近くにある公園に、若林先輩を呼び出しすことにしたのだった。
☆というわけで以前提案した1か2のお話について、お兄ちゃんが弟を襲うシナリオに決定しました。準備の関係上あと少しだけ、箱崎×若林先輩のお話にお付き合いくださいませ。まったく会話のかみ合わないふたりのやり取りにご注目♡
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