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特別番外編【兄貴の愛情の表し方12】
音が出ないように椅子から立ち上がり、靴を履いている兄貴の背後に素早く駆け寄る。義母がいないことをしっかり確認してから、広い背中にぎゅっと抱きついた。
「えっ?」
「兄貴にいってらっしゃいのハグ、しに来ちゃった」
「ハグだけ?」
振り返った兄貴は僕の顔を見てから、リビングに視線を飛ばす。母親がいつ来てもいいように、一応注意をしているらしい。
「こっちを向いたら、キスしてあげてもいいよ」
「そんなふうに強く抱きしめられたんじゃ、振り向けないって」
「兄貴なら僕の力くらい、簡単にねじ伏せられるのに?」
上目遣いで訊ねた僕を兄貴は嬉しそうに瞳を細めて見つめつつ、素早く額にキスを落とした。こどもがするようなそんなキスでも、胸がドキドキしてしまったのは内緒だ。
(結局兄貴を翻弄しようと画策して、僕のてのひらの上で転がしても、こうしてひっくり返されてしまうんだから、実際のところすごいとしか言いようがない)
「辰之に見送ってもらえるとは思ってなかったし、こうやって抱きつかれるのも悪くないなと思うと、やっぱり振りほどけないんだ」
「辰之なにしてるの?」
諦めた顔をした兄貴が告げた瞬間に、背後からやってきた義母。僕はそのままの体勢を維持しながら口を開く。抱きしめられた兄貴が僕から逃げようとしたので、腕の力を強めてその動きを止めた。
「兄貴が行かないように、ここで足止めしていたんだ。母さんが替えのタオルを持ってくると思ってね」
「マジかよ……」
「よくわかっているわね」
義母が兄貴にタオルを差し出したので、肩を竦めながら解放してあげる。
「毎日じゃないけど、兄貴にタオルを届ける僕の貴重な時間を考えてほしいよ」
兄貴とのふたりきりの時間がこうしてなくなり、こっそり落ち込んでいたときだった。青い何かが、僕の顔にぶつけられる。
「んっ!?」
「貴重な時間を奪って悪かったな。ついでにそれ、洗濯機に入れておいてくれ」
ぶつけられたものは使用済みのタオルだった。嗅ぎ慣れた兄貴のコロンがタオルから香り、落ち込んでいた気持ちがちゃっかり浮上した。
「辰之、遅れるなよ。じゃあ行ってきます!」
爽やかな笑顔を振りまいた兄貴が、元気よく自宅を出て行った。義母と一緒にそれを見送る。
(あーあ、兄貴とふたりきりになる時間って、本当に限られるよな。貴重すぎて大事に扱いそうだ……)
「宏斗が言ったように、そのままでいたら遅れるわよ」
ぼんやり考え事をしていた僕に義母が注意をしたので、仕方なく玄関から離れ、使用済みのタオルを洗濯機に放り込む。
「兄貴にはやっぱり敵わないな……」
落ち込んでいることを顔に出したつもりはなかったのに、それを瞬時に悟ってタオルを投げて寄こした兄貴。お蔭でなにか『お返し』をしなくちゃいけなくなった。考える時間はたくさんあるので、入念に計画できるのが大変ありがたい。
「それじゃあ僕もいってきまーす!」
兄貴よりも弾んだ声で義母に声をかけながら、いつもより軽い足取りで出発した。兄貴の愛し方に負けないようなお返しを考えるだけで、心が満ち足りたのだった。
おしまい
最後までお付き合いくださりありがとうございました。
コメントやリクエストなど、執筆の糧になったお蔭でいい作品を書くことができました!
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