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特別番外編【兄貴の愛情の表し方11】

「辰之」 「なに?」 「あのさ――」  いつも通りのやり取りだった。いつも通りすぎて肩透かしを食らった気分でいると、兄貴の顔が耳元に寄せられる。 「おまえが好き」  吐息を含んだ愛の告白と同時に、兄貴の利き手の指先が僕の首筋の肌をなぞった。ゾクリとしたそれにドギマギを隠せず、うっと息を飲む。 「辰之はやっぱり隙だらけじゃん」 「なっ!?」 「もの欲しげな顔、他のヤツの前でするなよ」 「そんなのしてないよ」 「してるしてる。辰之はストレートな言動に弱いってことを自覚してくれ」  首筋をなぞっていた手が頭に移動し、優しく撫でてから引っ込められた。その動きはまるで、恋人から兄弟の仲の良さにシフトしたみたいな感じだった。 「おまえの兄貴としてリードしていくつもりだから、おとなしく従ってくれ」 (兄貴としてリードって、恋人じゃなく? おとなしく従えって、なんなんだよ。いったい……) 「辰之が俺を諦めないで追いかけてくれたろ。その手段が強引すぎて、呆れるところもあるんだけどさ」 「だってそうしないと、兄貴が誰かにとられると思ったし」  呆れるという言葉で表現されたせいで、あの頃の複雑な心境をまざまざと思い出し、唇を少しだけ尖らせた。僕をまったく意識していないちょっと前の兄貴は、今とは大違い。ちょっとしたやり取りも甘いものが混ざるだけで、付き合っていることを意識させられる。 「おまえのてのひらの上で踊らされるのは、もうたくさんだよ。今度は俺が辰之を縛りつける」  尖らせていた唇を元に戻し、挑むような眼差しを兄貴に向けた。 「兄貴にそんなことができるの? 不器用なくせに」  僕を諦めさせるために若林先輩を介入させるという、大失態をおかしたのにね。 「やるさ。辰之が他のヤツに行かないようにしないと」 「昨夜だってたくさん兄貴が好きって言ったのに、僕の気持ちは伝わってなかったんだ」 「だっておまえは――」  兄貴はなにかを言いかけて、唇を真一文字に閉じる。口の両端がやや下がり気味になっているのは、僕に言いたくないことを飲み込むためだろう。たとえば『だっておまえは俺以外と、関係を持ったことがあるから』なぁんていうセリフだったりして。 「と、とにかく俺から目が離せないように、バレーの自主練に行ってくる……」 「いってらっしゃーい! カッコイイ兄貴の姿が練習や大会で拝めるなら、たくさん応援しなきゃいけないね」  その場から動かずに利き手をひらひら振って、兄貴の見送りをした。玄関まで見送ってほしかったであろう兄貴は、寂しさを見せないように背中を向けて、さっさとリビングを出て行く。 (恋の駆け引きはタイミングも大事だというのに、クソ真面目な兄貴は全然わかっていないんだよなぁ)

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