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act.1
「ちょっ……と、まって……? 何、それ……」
どういうこと? と震えた声で聞けば、母親が困ったような申し訳ないような表情をして、同じ言葉を繰り返した。
*****
ベッドにぐったりと横になって、ぼんやり天井を見つめる。
もう、時間がない。
けれど、進む勇気もない。
苛々と唇を噛んで、クッションをドアに投げつけた瞬間
「ぅわっ!?」
「ぇっ?」
聞き慣れた声が驚くのに、バチリと目を開けてガバッと起きあがる。
「……何イライラしてんの?」
そう言ったのは、投げたクッションを手に持って、苦笑しながらドアの所に立つ幼馴染みの明だった。
「……どしたの?」
「……何が?」
「急に来るから」
「来ちゃダメだった?」
「ダメじゃないけど」
ならいいじゃん、と笑った明が、うりゃ、とクッションを投げ返してくる。
「元気なくない?」
「そう?」
投げられたクッションをぼんやり触っていれば、勉強机の椅子を勝手に引いて腰掛けた明が、横に立てかけていたギターに触れながら言う。
「……テストもせっかく終わってもうすぐ夏休みなのに……。何かあった?」
「……別に……」
「……嘘ならもっと上手く吐けって」
笑った明が、ひ ょい、とファイルを投げて寄越すのを受け取る。
「……お前なー……何でもかんでも投げんなよっ」
ようやくマトモに苦笑すれば、いーじゃん、と明が笑う。
「何? これ」
「見て良いよ」
「?」
言いながら爪弾いているのは、この間自分が作ったばかりの、まだ歌詞のない曲だ。
それに小さく微笑ってからファイルを覗き込めば
「げ。何これ」
つい2、3日前に拝んだ記憶のある英語・国語・社会の期末テストの問題用紙が入っていて。
「……何のつもりですか沢井さん」
「表じゃなくて裏を見てくれませんか藤崎さん」
「裏?」
ぺら、と捲れば、つらつらと文字がつづられている。
きょとん、と明の方を見れば、ニッ、と笑う。
「どれが合うと思う~?」
言いながら口ずさむのは、どうやらテスト問題の裏に書かれた文字らしい。
「……あぁ、……歌詞?」
「そー」
「……テストはマジメに受けましょう」
「時間余ったもん」
「ホントかよ。ギリギリまで時間使ったオレってどーなんだよ」
「……解んなかったんだよ、悪い? ……それよか、どれがいい?」
ふて腐れながらもにっこり笑うのに、ちょっと待って、と苦笑を返す。
いつからだろう。自分達がこうして、2人でひとつの曲を作るようになったのは。
その少し前から、2人で駅前に歌いに行ったりしていた。2人で何度も同じ曲を繰り返し練習して、駅前に行っていたのだ。
その内に他人の曲じゃ物足りなくなって、試しに作ってみたらこれが楽しくて。
2人でやり始めると、もっと楽しくなって。
元々仲の良かった幼馴染みだったけれど、その時からきっと、絆はもっと強くなった。
けれど、良いことばかりじゃなかった。
明と一緒の時間は、嬉しくて、同時に辛くて苦しかった。
明が好き。
そう気付いたのはいつだっただろう。
男同士で、大切な幼馴染みで。
想いに気付いたとき、同時に恐怖さえ覚えた。
この想いが知られたら、もう二度と傍にいて笑い合えなくなる。
隠すのに必死だった。
それでも何も知らない明は、前と同じようにじゃれついてくる。
距離を置きたいと思ったことさえあったけれど、どうしても離れられなかった。
「……あぁ……これがいいんじゃない?」
ぴっ、と問題用紙を飛ばせば、ひょい、と受け取った明が嬉しそうに笑う。
「そう言うと思った」
満面の笑み。
痛くて痛くて。
でも 嬉しくて----大好き。
たとえ想いを伝えられなくても、傍にいられたらそれでいいと、自分に言い聞かせていたというのに。
そんな儚い願いすら無視されるようだと、悔しさに唇を噛みながら。
「ルーズリーフ1枚ちょーだい、書き写しとく。明日テスト返ってくるから問題いるし」
楽しそうに言う明に、勝手にとっていいよ、と笑い返す。
全てが欲しいと、望んだワケじゃない。
そんな我が侭を言った覚えはない。
なのに、全て奪われるの?
運命には、逆らうことさえ許されない?
自分の無力さに、腹が立った。
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