3 / 14
act.2
君との思い出の一つ一つが
忘れられない宝物。
*****
あれは、小学校のキャンプの時のこと。
近所の子供と大人が、全部で10人くらい集まって行った、夏休みの思い出作りのイベント。
今でもハッキリ覚えてる。
『明っ!!』
『ゆうと……ッ、ゆうとっ!!』
抱きついてきた温もり。
涙声。
最後に見つけた、笑顔。
----好き。
あの日あの時、自覚した感情。
楽しいキャンプが悪夢にすり替わったのは、昼食を食べた後の遊びの時間。
遠くに行ってはダメ。
危ないことも、もちろんしてはダメ。
そんな約束に頷いた、1時間ほど後のこと。
ズキズキと、足が心臓にすり替わったような錯覚で目が覚めた。
「い……った……」
足に手をやって、濡れた感触。
ギクリとしながら手の平を見れば、血に濡れていて。
「----っ」
驚きながら痛い足を見れば、今までに見たこともないほどの出血。
あの崖から落ちたのだと、思い至ったのは泣きながら顔を巡らせてから。
「だ、れか……っ……誰かいないの!?」
泣いても喚いても、誰も応えてはくれない恐怖。
「ゅうと……ゆうとー……」
恐怖の中でひたすら呼ぶ、幼馴染みの名前。
足の怪我のせいで、動くこともままならない。
呼んでも、誰も来ない。
----恐怖。
「ぁ……すけて……っ……助けてよぉっ」
大声で泣きながら、ひたすらに思い描くのはアイツの笑顔で。
「ぅと……っ……ゆうとっ」
何分、何十分、何時間。
どれだけの時間が経ったのか。
もうこのまま死ぬんだと、泣きながら思い浮かべたその淋しさに、最後の叫びを唇から零そうとした時だった。
「明っ!!」
ずっとずっと思っていた声と、顔。
「ゅぅ、と……ッ、結人っ!!」
動かなかったはずの足が動いて。
気付いたときには腕の中。
「心配しただろっ!?」
「ゅぅっ……結人っ」
恐かったと、叫びながら。
縋った腕の温もりに、感じていたのは言いようのない安堵。
「明……。----もう平気。大丈夫だよ」
泣きじゃくる背をあやす手の平が、優しかった。
*****
「ゆーとー」
「……何?」
ばぃん、と遠慮無くドアを開けて入ってきた明の姿を認めて苦笑。
「遊び行こ」
「は?」
「海!!」
「……はいはい」
唐突な誘いはいつものこと。
そんな風に割り切って苦笑しながら頷けば、にっこりと嬉しげに楽しげに笑った明が、早く早く、と急かす。
「楽しそうだね?」
「楽しいよ? だって……っ」
「? だって?」
「あー…………何でもない」
ふぃっ、と明らかに何かを隠す様子の明を、意地悪くつつく。
「何だよ言えよー。隠し通せると思ってんの?」
「ぅー……」
「……言わないんだ?」
にっこり笑ってから、幼いときと同じように、こちょこちょとくすぐってやる。
「ふはっ……ちょっ……ヤメッ」
「言う?」
「…………ヤダ」
「じゃ、ヤメない」
「ちょっ……ゅぅとっ……ふふっ、……はっ、も……ちょっと!」
「言う?」
「…………」
「言わないんだ?」
「言う言う!!」
だからもうヤメて。と笑い泣きしながら言うのに、尊大に笑ってみせたのに。
「で? 何隠そうとしたの?」
「……ゆーとが……」
「オレが?」
「ちゃんと笑ったから」
「…………ぇ?」
予想もしていなかったその言葉に目を見張った。
「……最近……無理して笑ってるみたいに見えたから……。……でも、さっきは、ちゃんと笑ってた」
「明……」
「……だから、楽しいなって言うか……嬉しいなって言うか……」
もー、照れるから終わり。
そんな風に笑って話を終えるのに、今度こそ嬉しい笑みを浮かべてから、ありがと、と笑った。
助け合える。喜び合える。励まし合える。
そんな関係。
これから先も、ずっとそう在れたなら。
それだけで幸せなのに。
『……急な話なんだけど……』
思い出しかけた言葉を、今は置け、と頭の片隅に追いやって。
「ぅはー……気持ちいー……」
ズボンの裾をたくし上げて足だけ海水に浸けながら、満足そうに波と戯れる明を優しく見守る。
「やっぱ海いーな!!」
「そーだな!!」
テンションの高い明に苦笑しながら頷く。
こうしていると忘れられる。
これからの、ことを。
今までだって、そうだった。
嫌なことや辛いこと、哀しいことも明と一緒にいられたら、どうでも良くなった。
大好きで。
心地よくて。
ほんの少しだけ苦いこの関係を。
果たしていつまで続けていられるんだろう。
『……ごめんね。だけどもう、決まったことなの……』
『そん、な……』
無力なオレは、いつまで君といられるだろう。
『……我慢して』
『……』
10年後も、今と同じに笑っていられるかな?
「…………とう、きょう……」
「ん? 何?」
「……ううん、なんでもない……」
誤魔化すように笑ってから、自分もばしゃばしゃと海に入って波を蹴る。
「ぅわっ何すんの!? かかるでしょ!?」
喚く明に、ふふん、と笑えば、同じように笑った明がこちらに向けて水を掛けてくる。
「ちょっ……オレ、軽くやっただけじゃん!」
「自業自得」
笑い合う。
びしょ濡れになっても気にしない。
楽しくて楽しくて。
----泣きそうだ。
どうしてこんなにも、無力なの?
『2学期からは、東京に行くから』
「ヤダよ」
ずっとずっと明と。
こうしてバカみたいに。
無邪気に戯れていたい。
ともだちにシェアしよう!