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act.3

 刻一刻と迫るその日を、歯がみしながら待つしかないなんて。  せめて一つでも多くの思い出を連れて行きたくて、むやみにはしゃいで見せた。 「……好きだよ」 「何、急に。……ってか今更」 「……なんとなく、かな……」 「変なヤツ」  いつも通りを装っての会話に、疲れたなんて言い訳は、通用しないかな? 「好きだよ……」  *****  ドン、と。突き飛ばされて我に返るだなんて、自分のことながらに情けなくて嗤える。 「な、にすんの……?」 「……好きだよって……言ってんの……」 「い、み分かんない……」  唇に指で触れながら、肩を震わせる様に。  欲情してるなんて知ったら、お前はどうする? 「……好きだ」 「……ゆう、と……」 「好きなんだ、明が……」  零れる声が、自分でも驚くほどに切ない。 「好きなんだ」 「……っ……知らないっ」  逃げるように部屋を出て行く明を、突き飛ばされたままの格好で見送ってから、くつくつと嗤う。 「バカじゃない……?」  ふ、と。  息を吐いてから。  ガツ、と壁を殴った。 「ば、か……ッ!!」 『好きだよ……』  真剣な瞳。  切なくて、愛おしくて、哀しげな声。  何言ってんのと、笑い返せなかったのは、いつものアイツらしからぬそんな態度のせい。  近付いてくる顔を、訳も分からず見つめていられたのは、唇に何かが触れるまで。  唐突に触れてきたのがアイツの唇なんだと悟るまでに、かなりの時間が要った。 「どう、して……っ!」  あの時からずっと、同じ問いがグルグルと頭の中で回っていて。 「どうしてだよ結人っ!!」  あの時からずっと、早いままの鼓動に気付いて、ぎゅう、と胸の辺りに手をやってシャツを握りしめる。 「……どうして……っ!」  どうしてさっきから、お前の笑顔ばかり思い出すんだろう?  頭をちらついて離れないお前の顔が、痛そうに、辛そうに歪んでるのはどうして?  あんなコトされて、傷ついてんのはオレじゃないの? 「……どーしてだよ……」  どうしてお前の方が傷ついたような顔をする?  ズルイよ、お前は。  だけど、でも。  一番不思議なのは。 「……嫌じゃ、ない……」  触れ合った唇が、熱を帯びたように熱いと思うのは、錯覚? 「…………ゆうと……」  ……どういう、こと……?  ***** 「……あれ? 今日は一人なん? 明くんは?」 「……おはようくらい言えば?」 「おはようさん。で、明くんは?」 「……一緒じゃない時だってあんの」 「……ふぅん……」  納得したようなしてないような顔で呟くのはクラスメートの村田で。なんとなくその目がイタズラに輝いているような気がするのは、たぶん気のせいじゃないだろう。 「ケンカか?」 「……うるさいな」 「図星か」  楽しげに笑ってから、顔つきを改めて低く囁いて寄越すのは 「気ィ付けや。明くんのこと好きなんは……なんも女子だけちゃうからな」  そんな脅し文句で。 「……分かってるよ」 「……ならえぇけど」  いつもの声音に戻って笑うのに、小さく溜息を吐いた。 「…………分かってるに決まってる……」  誰よりもアイツのことが好きなのだから。  バタバタと駆け込んだ教室に、担任の姿はない。  間に合ったようだと、安堵の息を吐くのと同時にチャイムが鳴った。 「おはよぉ明くん。ギリギリやったな」 「ホントだよ。ヤバかった」  はー、と大きな溜息を吐いて、後ろの席の横谷に笑い返す。 「電車下りてからずーっと走っててさー。さすがにキツかったぁ」 「そらそうやろ。いくら駅から近い言うてもそれなりに距離はあるからな」  苦笑しながら横谷の視線の先に目をやれば、今し方走ってきたばかりの道が見える。 「……今日は藤崎と一緒ちゃうかったんやな?」 「……うん。……アイツ先行っててさ」  横谷の口から出た名前に一瞬ギクリとしながら、それでも平静を装ってそう言えば、そぉか、と納得しているようなしていないような声が返ってきて。 「……ま、結人のこと目覚まし代わりにしてるオレも悪いんだけどさ」  無理矢理取り繕った笑いを貼り付けてのそんな台詞に、苦笑する気配。 「ケンカでもしたん?」 「…………ううん」  躊躇った後に首を横に振る。 「なんやその間ぁは」 「……ケンカ、は。してない、から」 「……ほんならどないしたん?」 「……」  問われて、やはり首を横に振って 「いーんだ。……それよりさ、英語の予習やってきた?」  見透かしたような優しい苦笑は、見ないふりで、そんなどうでもいいことを口にした。  ……どうすればいいの?  ……オレは、どうしたいの?  分かんないんだよ。  教えてよ。 「……ゆうと……」  お前の顔を、思い出すたびに泣きそうになる。  傷ついた顔。今までに見たこともないような。  どうすればいい?  どうすれば、微笑ってくれる?  いつもみたいに。  オレは、どうすればいい? 『好きだよ』  蘇る声に、聞きたくないと耳を塞ぐのは。  今ある関係を壊したくないから。  恐いんだ。  今の関係が、心地良いから。  その先に進んだら、二度と今と同じようには微笑えない気がして。  どうして? 今のままで良いじゃないか。  それに、だって。  オレ達は男同士で。それ以前の問題じゃない?  キス、だって。  …………どうして、驚いただけだったんだろう?  嫌じゃなかったのは、どうしてだろう。  どうすればいい?  教えてよ。  今日だって、どうして何も言わずに先に行った?  オレは、いつもからは考えられないくらい早起きして、仕度して。  ずっとお前のこと待ってたのに。  そんな風にされたら、どうしていいか、余計に分からなくなる。  オレが好きだと返せば、微笑ってくれるの?  嫌だと返せば、これから先、はなくなるの?  その選択を、オレにさせるの?  ズルイよ。嫌なんて選べない。  好きだと、返しても……。  想いが違えば、離れていくんでしょう?  この気持ちを、どうやって君に伝えればいいの? 「…………結人……」  唇が。  熱いままなのは、どうして?

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