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Good Bye Nightmare...
レオルニドは港町だ。毎日のように船が出入りしている。
小都市ベネディクトへ続く汽車も出ていて、交通に優れた街だ。
ミスタールドルフが所有する邸宅は、5つも部屋がある豪邸で、初めて訪れた時、とても驚いたのを今でも覚えている。
以前は夫婦とその息子が住んでいたが、流行り病で夫婦が亡くなってからは坊っちゃんと一緒に暫く住んでいたのよ、と元給仕のスージーが教えてくれた。
医者になる、出来る限りでいいから家の手入れをお願いします、と言い残して坊っちゃんが出て行って仕舞われてからは、時々換気と掃除をする程度だったのだけれど、と言っていたが、少し埃臭いな程度で直ぐに住み始める事に何の抵抗もない素晴らしい家だった。
夫婦の部屋にはダブルベッドが鎮座した儘で、書斎も、給仕の部屋も、客室も、何もかも以前使われていた姿の儘だった。
そしてミスタールドルフの部屋だったと思われる部屋には多数の医学書が溢れていた。
ベッドに横になると、埃臭さの後でルドルフの香りがするようだった。
すん、と鼻を啜ると部屋のあちらこちらからルドルフの香りを感じる事が出来た。
僕は、ルドルフの部屋を借りると決めて、ベティはスージーの部屋を借りると決めた。
ベティは今、近くの総合病院で小児科のナースとして勤務している。
毎月、婦人科に通っては僕の為に経口避妊薬を処方して貰って、分けてくれる。
そして月に一度、家に投函される封筒に入っている一錠の座薬を、ヒートの度に使用する事で、僕はとても快適な暮らしを送っている。
最初の頃は効き目が薄く、4時間もベッドの上でのた打ち回ったけど、今は座薬を入れると30分でヒートの苦しみを軽減する事が出来る。
そんな僕は今、靴磨きを職にしている。
朝から晩まで、駅前で靴を磨く。
ベティに比べて月の稼ぎは──恥ずかしくなる位しかないけど。
僕も、もう20歳だ。
ベティにおんぶにだっこの生活じゃ、心許ない。
もう、あれから4年の月日が流れた────。
「ベティ、行ってくるよ」
「いってらっしゃい、テディ。気を付けてね」
「うん、ベティも」
「ええ、ありがとう」
お客さん用の小さな丸椅子を背負って、馬毛ブラシやクリーム、クロスの入ったカバンを提げて朝5時40分の始発に合わせて家を出る。
「おはよう、テッド。今日も早いね」
「おはようございます、バーナードさん」
「気を付けていってらっしゃい」
「行ってきます!」
町の人とも仲良くなった。
バーナードさんはいつも早朝に散歩をしているおじいさんだ。
僕を孫のように思っている、と可愛がってくれて毎朝声を掛けてくれる。
他にも、アンナやネイビー、リオ、ベンディー、たくさんの人達と仲良くなった。
ここは、本当にいい町だ。
「テッド、今日も頼むよ」
「今日は念入りにお願い出来るかな?ネンデルで親友の結婚式があるんだ」
「おや、靴磨きかい?若いのに、えらく仕事が丁寧なようだ。一つ、私のも磨いてくれるかな?」
「けっ、シケた面して靴なんて磨きやがって。いいよなあ、靴磨くだけで金になんだもんなあ」
毎日のように手入れを頼む人もいるし、特別な日に念入りに、と頼む人もいる。
初めて僕に靴磨きをお願いする人もいる。
褒めてくれる人がいると同時に、悪口を言う人もいる。
だけど僕はただ、毎日、たくさんの人達の靴を磨く。
そうして、夜まで駅前でお客を待って、靴を磨き、最終列車を見届けて家に帰る。
それが今の僕の日課だ。
今日も最終列車が駅に滑り込んで、数人の乗客を降ろしてまた、次の駅へと走り去っていく。
仕事道具を仕舞いながら、数人が駅から出てくるのを眺める。
マイケル、レイモンド、ラスティン、ベン、キャロル、メイデン、グロウル。
必ず、最後の一人まで見届けてから駅を後にする。
丸椅子を肩に担ぎ、重たい鞄を提げて。
ふと、立ち止まって空を見上げると今夜は満月だ。
星々に囲まれて、真ん丸な月が町を明るく照らしている。
目を伏せて耳を澄ますと、遠くの森で、遠吠えをする狼の声。
「こんばんは、小さなお坊ちゃん」
「──、」
「シェパードさんのお家をご存じないかな?長らくこの町から離れてしまって、道順を忘れてしまってね」
全身に鳥肌が立って、目頭が熱くなる。
知っている。僕は知っている。
優しい語り口調で、僕を小さなお坊ちゃんと呼ぶ、貴男の事を知っている。
そして、“高名な狼”を意味するルドルフ・W・シェパードの家への道順も知っている。
だって、貴男が与えてくれたから───。
「ッ、ドクターテディ、──!」
僕が大切な仕事道具のすべてを落としてしまいながら振り返るのと、ルドルフが僕を抱き締めたのは、ほぼ同時だった。
「おっと、──手紙は読まなかったのかい?」
「読んだ、ッ読んだよ。何度も、何度も──!だから、たくさん、手紙を送ったじゃないか、──ッ、」
「グッドボーイ、テディ。全部読んだよ、全部。それで、私の名前は──覚えているかい?」
「ルドルフ、ミスタールドルフだよ、!名高い狼っていう、とっても素晴らしい名前なんだ、ッ」
胸いっぱいに広がる懐かしい香りに、ぐずぐずと鼻を啜る。
でも、嬉しくて待ち望んだ人で──ぐりぐりと額を押し付けながら、笑みがこぼれてしまうんだ。
「──、君に名前を呼んで貰えて、とても嬉しいよ」
「っ、おかえり、ルドルフ」
「ただいま、テディ」
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