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第15話 疱瘡の神③しなければならない最低限のこと
(何、この状況……?)
真上から見下ろしてくるまなざしに、体温がまた上がる。
「お前の顔、りんごみたいに真っ赤だな」
パジャマの中に入り込んでいた祓戸の手が、脇腹を滑って胸の方へ移動した。
「あっ……」
その手のひらはひんやりしていて気持ちいいのに、触れられると顔がさらに熱くなってしまう。
「ねえ、祓戸……」
「俺に任せておけばいい」
「……っ……」
未知への予感に鳥肌が立った。
彼が何をしようとしているのか知らないけれど、神を信じればいいんだろうか。
「祓戸……、お前は僕の神さまだ」
「どうして今さらそんなことを言う?」
「確認してる。だって、こんなふうに触れられるのは少し……不安だから……」
横を向くと、隣の和室にある神棚が目に入った。
そういえば今朝はバタバタしていて、神棚にお供えをしていない。
「祓戸はいつも、僕をあそこから見てるの?」
「ああ。お前のことはだいたい見てる。気を抜いてるところも、ひとりで恥ずかしいことしてるところも……だから、今さらだろ?」
厚みのある上半身が下りてきて、唇がそっと詩ののど元に触れた。
それから体を離した彼を見て、詩はあることに気づく。
(……あれ?)
「何きょとんとしてる」
言いながら祓戸は体温計をのぞき込んでいた。
「38,6℃か。結構な熱だな……」
「もしかして……体温計を取っただけ?」
「音が鳴ってたから」
気づかなかった。というか、それを脇の下に挟んでいたことを忘れかけていた。
「祓戸~っ!」
恥ずかしくて悲鳴みたいな声が出る。
「なんだよ……」
「急に触るから、本当にびっくりした」
「他意はない」
そう言われても、まだ詩は彼のひざの間にいるわけで……。
「どいて?」
「イヤだ」
「なんで」
「この眺め、結構気に入った」
詩の家の神さまは勝手でわがままだった。
しかも余計なことまで言ってくる。
「お前が俺のこと、ちょっと意識してるのも面白い」
「意地悪だな、面白がらないでよ」
「だってお前の慌てた顔なんてレアだ。そういう顔、もっと見たい」
「熱が上がるからやめて……」
両手で顔を隠した。
「そういうの、余計にそそられるんだけどな……」
ぼやく声が聞こえる。
確かに詩は祓戸を、良くも悪くも意識していた。
自分の家の神さまだということで愛着を持っているし、彼の容姿や立ち居振る舞いにも好感を抱いていた。
そしてそもそも彼の存在は不思議で神秘的だ。
そんな相手にグイグイ来られたら、挙動不審になっても仕方ないと思う。
とはいえ実際のところ、体温計を取られただけだけど……。
言い返す言葉もなくそのまま固まっていると、祓戸がまた顔を近づけてくる。
「メシ食う?」
「え……?」
「水は? あと、御神酒 ?」
「ああ……」
今日は詩が彼に世話を焼かれる番らしかった。
詩は少し考えてから彼に伝える。
「店の入り口に『本日は都合により臨時休業させていただきます』って書いて貼って」
それが今しなければならない最低限のことだった。
「あーうん、了解!」
祓戸も今度は大人しく詩の上からどいてくれる。
それから離れていく気配を感じ、詩はほっと息をついた。
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