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第22話 疱瘡の神⑩ご近所トラブル?

 翌日。体調の回復した詩は光降りそそぐ昼間の布田天神(ふだてんじん)にいた。  ちなみに店は定休日。3日も臨時休業していて気が引けるが、今日しっかり休んで仕事は明日からだ。 「疱瘡(ほうそう)の神さまのお(やしろ)はどこですか?」  社務所で聞くと、巫女(みこ)さんが場所を教えてくれた。  行ってみるとほんの小さな、可愛らしいサイズの社が3つ並んでいる。  3つのうち向かって右が疱瘡神社、真ん中が祓戸神社、左のものが御嶽(みたけ)神社だそうだ。 「そうか、ここ……」  詩も布田天神の境内に、こんな小さな社があるなんて知らなかったが……。 「本当にお隣さんなんだ」  祓戸の神と疱瘡の神が隣同士に(まつ)られていることに驚いてしまった。 (あのふたり、仲が悪そうだったけどそういうこと……)  この距離感ならご近所トラブルもあり得る話だ。  それはともかく。詩は今日、疱瘡神社に手を合わせるためにやってきた。  いつも家の神棚に向かってするように、二礼二拍手一礼。 (疱瘡の神さま、どうか疫病をお鎮めください)  見方によっては疱瘡の神は、人類と和解し鎮まってくれた神なのだから。  荒ぶる病の神々と、人類との共存に期待して目を閉じた――。  *  それから家に戻り、久し振りに掃除をしようと店の方へ行く。  すると祓戸の神がそこにいた。 「詩、いつもの」  ふらっとカウンター席に座った彼に、「おい、お茶」のノリで要求される。  しかしブルーマウンテンの瓶は空だった。 「あれっ。ごめん、いつもの切らしてるみたい。ちょっとは残ってたと思ったのに……」  不可解だった。 「……ああ、それは……」  祓戸が何か言いかけて口を閉じる。  実はソンミンが祓戸に飲ませるために勝手に使ったのだが……。 「いや、ほかのでいいよ」  事情のわからない詩は首を傾げた。 「え、前はあんなにブルーマウンテンにこだわってたのに?」  詩は不思議がるが、祓戸としては瓶が空になってしまった責任は自分にあるわけで、強いことは言えない。 「なんでもいいよ。詩が淹れてくれたらなんだって美味いから」  そんなふいにごまかすと、詩が頬を染めた。 「えへ、うれしい」  今度は祓戸が不思議そうな顔をする番だった。 「……? なんで赤くなってる?」 「何をって、祓戸が……」 「……ああ、そうか! 俺にほめられてうれしいのか」  祓戸が不意を突かれたような顔をして、詩を見つめた。  カウンター越しに見つめ合う、ふたりを取り巻く空気が甘ずっぱい。  それから数秒……。 「なあ……、ふたりきりなんだし、コーヒーより昨日の続きでもするか?」  祓戸が切り出した。 「昨日の……?」  昨日のベッドでの激しい触れ合いがよみがえる。 「キスで感じてる詩、すげーかわいかった」  甘い声でそんなふうに言われたら、照れるしかなかった。  でも昨日の続きをもしするなら、ちゃんと気持ちを確かめたい。 「ねえ、祓戸は僕のこと、どう思ってるの?」  聞くとカウンターの上で指先が重なる。 「そんなの言わなくてもわかるだろ。何より俺はお前のことを……――」  祓戸が言いかけたその時だった。  ひんやりとした気配を感じ、ふたりは同時に横を向く。 「うおわっ、なんでお前がいるんだよ!?」  ふたりの世界に浸っていて気づかなかったが、祓戸の隣に疱瘡の神が座っていた。 「酒くれ」 「ここは飲み屋じゃねーよ!」  祓戸が言い返す。 「キスで感じてる詩、俺も見てみたいな」 「ごほごほっ! ちょっと……」  そこから聞いていたのか。詩は何もないのにむせてしまった。 「俺の氏子でやらしー想像すんなよ!」 「やらしーこと考えてるのはそっちだろ」    疱瘡の神は祓戸に言い返してから詩を見る。 「なあ詩、神と交わると“神産み”つって、わりと簡単に子どもできるから覚悟しとけよ」 「おまっ!!? 詩の前で何言い出すっ!? それR180くらいだからな! R指定守れよ」 (神さまの世界にもR指定ってあるんだ……)  詩は困惑しながらカウンターの上の道具に目を落とした。 (とりあえず注文はコーヒーと、お酒?) 「えーっと……うちは喫茶店として営業許可を取ってるんで、アルコール出せないんですよ。コーヒーでもいいですか?」  疱瘡の神に言って、ふたり分のコーヒーを淹れ始める。  それにしても定休日だっていうのに、店がずいぶんとにぎやかだ。 (これからまた騒がしくなるんだろうなー……)  そんな予感に詩はひとり、笑みを浮かべた。

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