26 / 62
第26話 [閑話]神さまたちのハロウィン④
その夜――。
「詩、トリックオアトリート」
店を片付けて上がった自室の入口で、詩は思わず固まった。
「祓戸……不意打ちすぎ……」
「だってさ。俺はまだお前にトリートされてねえ。せっかくヴァンパイアになったのに」
彼はまだヴァンパイアの格好をしていた。
ベッドに腰かけ足を組む様なんか、いかにも絵になっていて憎たらしいくらいだ。
「僕にもてなしてほしいってこと?」
そう言われても、朝用意したお菓子はとっくの昔にはけてしまった。
となるとコーヒー?
考えているとヴァンパイアの祓戸が来て、詩の顎をすくって持ち上げた。
「もしくは、イタズラだな」
「わ……」
彼の顔が近付いてきて、キスされるのかと思ったけれど違った。
首筋に吐息がかかり、マウスピースの歯を当てられる。
「…………」
「……………………」
「……」
痛くはないけれど、そんな彼の行為にドキドキした。
「ははっ、このまま食ってやろうか?」
「そんな、祓戸は人間なんか食べないでしょ」
「どうしてそう言える?」
確かにそれは単なる憶測だ。
「食べるの?」
聞くと彼は妖艶な笑みを浮かべた。
「性的な意味でなら」
「…………」
「なあ、俺に食われてみる?」
「えーっと……」
ここはかわすべきなのか、流されてしまうのもアリなのか。つい考えてしまう。
「今何考えてる?」
黙っていると、祓戸がすねたような顔で聞いてきた。
「疱瘡か? それともミンすけか」
「え、何が?」
「だからさ……。お前、疱瘡のヤツには優しいよな? ついでに言うとミンすけにも」
「僕が?」
思い当たるふしがなくて困っていると、彼がぼそっと言った。
「夕方のあれは嫉妬した」
(夕方……?)
「……あああ。疱瘡さんに好きだって言ったこと?」
「俺にはそんなこと言ってくれねえよな?」
そう言われてみると、好きだなんていうシチュエーションはなかったかもしれない。
「でもあれは、別に深い意味じゃなくて……」
「深い意味でも浅い意味でも、俺にそんなこと言ってくれねえよなあ」
せっかくかっこよく仮装しているのに、祓戸はすっかり子どもみたいな顔ですねている。
「お前の一番は誰なんだよ」
「えーっと……」
なんと答えるのが適切なのか。
「……いや、疱瘡さんもソンミンも、別に僕のこと特別に思ってないと思うよ?」
「どーだか」
祓戸が唇をとがらす。
「疱瘡さんとは知り合ったばかりだし、ミンくんはまだ子どもだし……」
「その“子ども”に狙われてんの、気づいてないとかおめでたいな」
彼はぶつぶつとぼやいてから、詩の唇にそっと唇の先を触れさせた。
「……!?」
「キスしていい? 詩……」
「もう……たぶんしてるけど……」
前から思っていたけれど、祓戸はこういう触れ合いに関するハードルが低いみたいだ。
「じゃあ、もっと深いやつ」
今度は舌がぬるっと入ってきて、詩の舌をくすぐった。
これじゃ返事できない。というか返事を必要としていないみたいだ、彼の方は。
(ああ……)
詩はドキドキしながら、彼の胸を押してキスをほどく。
「祓戸が一番だって言ったら……どうなるの?」
「うーん、そうだな……」
沈黙が胸の鼓動を加速させた。
「やっぱやめた!」
「えっ?」
「無理に言わせてもつまんねーし、今日はイタズラで勘弁してやるわ」
「イタズラって――……」
反論しようとするとまたキスで邪魔される。
「んっ……!?」
彼の舌を噛かみそうになって慌てた。
(でもこれ……気持ちよくて困る……)
舌をすり合わせるキスに力が抜けてしまい、詩は彼の体にしがみついた。
神さまであるはずのヴァンパイアは、いけないイタズラで人を翻弄する。
今日はとても素敵なハロウィンの日だったのに……。
そういえばハロウィンはもともと古代ケルト人のもので、悪魔に生いけ贄にえを捧ささげる行事らしい。
(僕……生け贄になっちゃうの?)
いけないキスの合間に、詩は甘美なため息をつくのだった――。
[閑話,神さまたちのハロウィン おしまい!]
ともだちにシェアしよう!