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第26話 [閑話]神さまたちのハロウィン④

 その夜――。 「詩、トリックオアトリート」  店を片付けて上がった自室の入口で、詩は思わず固まった。 「祓戸……不意打ちすぎ……」 「だってさ。俺はまだお前にトリートされてねえ。せっかくヴァンパイアになったのに」  彼はまだヴァンパイアの格好をしていた。  ベッドに腰かけ足を組む様なんか、いかにも絵になっていて憎たらしいくらいだ。 「僕にもてなしてほしいってこと?」  そう言われても、朝用意したお菓子はとっくの昔にはけてしまった。  となるとコーヒー?  考えているとヴァンパイアの祓戸が来て、詩の顎をすくって持ち上げた。 「もしくは、イタズラだな」 「わ……」  彼の顔が近付いてきて、キスされるのかと思ったけれど違った。  首筋に吐息がかかり、マウスピースの歯を当てられる。 「…………」 「……………………」 「……」    痛くはないけれど、そんな彼の行為にドキドキした。 「ははっ、このまま食ってやろうか?」 「そんな、祓戸は人間なんか食べないでしょ」 「どうしてそう言える?」  確かにそれは単なる憶測だ。 「食べるの?」  聞くと彼は妖艶な笑みを浮かべた。 「性的な意味でなら」 「…………」 「なあ、俺に食われてみる?」 「えーっと……」  ここはかわすべきなのか、流されてしまうのもアリなのか。つい考えてしまう。 「今何考えてる?」  黙っていると、祓戸がすねたような顔で聞いてきた。 「疱瘡か? それともミンすけか」 「え、何が?」 「だからさ……。お前、疱瘡のヤツには優しいよな? ついでに言うとミンすけにも」 「僕が?」  思い当たるふしがなくて困っていると、彼がぼそっと言った。 「夕方のあれは嫉妬した」 (夕方……?) 「……あああ。疱瘡さんに好きだって言ったこと?」 「俺にはそんなこと言ってくれねえよな?」  そう言われてみると、好きだなんていうシチュエーションはなかったかもしれない。 「でもあれは、別に深い意味じゃなくて……」 「深い意味でも浅い意味でも、俺にそんなこと言ってくれねえよなあ」  せっかくかっこよく仮装しているのに、祓戸はすっかり子どもみたいな顔ですねている。 「お前の一番は誰なんだよ」 「えーっと……」  なんと答えるのが適切なのか。 「……いや、疱瘡さんもソンミンも、別に僕のこと特別に思ってないと思うよ?」 「どーだか」  祓戸が唇をとがらす。 「疱瘡さんとは知り合ったばかりだし、ミンくんはまだ子どもだし……」 「その“子ども”に狙われてんの、気づいてないとかおめでたいな」  彼はぶつぶつとぼやいてから、詩の唇にそっと唇の先を触れさせた。 「……!?」 「キスしていい? 詩……」 「もう……たぶんしてるけど……」  前から思っていたけれど、祓戸はこういう触れ合いに関するハードルが低いみたいだ。 「じゃあ、もっと深いやつ」  今度は舌がぬるっと入ってきて、詩の舌をくすぐった。  これじゃ返事できない。というか返事を必要としていないみたいだ、彼の方は。 (ああ……)  詩はドキドキしながら、彼の胸を押してキスをほどく。 「祓戸が一番だって言ったら……どうなるの?」 「うーん、そうだな……」  沈黙が胸の鼓動を加速させた。 「やっぱやめた!」 「えっ?」 「無理に言わせてもつまんねーし、今日はイタズラで勘弁してやるわ」 「イタズラって――……」  反論しようとするとまたキスで邪魔される。 「んっ……!?」  彼の舌を噛かみそうになって慌てた。 (でもこれ……気持ちよくて困る……)  舌をすり合わせるキスに力が抜けてしまい、詩は彼の体にしがみついた。  神さまであるはずのヴァンパイアは、いけないイタズラで人を翻弄する。  今日はとても素敵なハロウィンの日だったのに……。  そういえばハロウィンはもともと古代ケルト人のもので、悪魔に生いけ贄にえを捧ささげる行事らしい。 (僕……生け贄になっちゃうの?)  いけないキスの合間に、詩は甘美なため息をつくのだった――。 [閑話,神さまたちのハロウィン おしまい!]

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