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第37話 少名毘古那の神⑪カレシ登場

禍津日神(まがつひのかみ)って……)  以前、レビューサイトに悪評を書き込んだ人の口から現われた神だ。  その時は人の形になって祓戸と戦い、また黒い霧になって消えてしまったけれど……。  今回は地下から噴き出す黒い霧の量が、あの時とは比較にならない。  霧はすでに駐車場の一帯を包み込んでいた。  ――こいつに触れると災いがうつる。  以前聞いた祓戸の言葉がよみがえる。 (これっ、かなりマズいんじゃ!?) 「少名毘古那さん!?」  黒い霧の中に突っ込んでいく少名毘古那の背中が見えた。 「危ないからオニーサンは離れてて!」 「でもっ……」  見ているだけでいいんだろうか。  その時、駐車場のフェンスにしがみついている男の子の姿が目に映った。  また地面が揺れる。 (危ない!)  詩はコートを飛び出し、男の子に駆け寄った。 「大丈夫!? 僕につかまって!」  手を伸ばすと、彼は詩の手をつかんでくれる。 「ここは危ないからあっちに行こう!」  テニスコートの受け付けがある建物を目で示した。  けれども揺れが続いていて、すぐにはその場を動けない。 (どうしよう……)  男の子の手を励ますように強く握りながら、胸には不安が募った。  そんな時、聞き覚えのある声に呼ばれる。 「詩! よかった、そこにいたのか」 「祓戸……!?」  彼がアスファルトを踏みしめながら駆けてきて、詩の肩を支えた。 「来てくれたんだ……」  顔を見ただけでほっとする。 「祓戸、この子を頼む。逃げ遅れたみたいでここにいたんだ」 「わかった」 「君、このお兄さんと一緒に行けば大丈夫だからね?」  男の子に頷きかけ、祓戸の手に託した。  ここから建物までは少し距離があるけれど、彼と一緒なら危険は回避できるだろう。  祓戸の神は、災いを祓う神なのだから……。 「けど詩は……」  彼は不安そうにする。 「僕もすぐ追いかけるよ」 「わかった、無事でいろよな!」  祓戸は男の子を抱きかかえ、ひらりと着物のすそを翻した。  詩はもう一度、黒い霧の立ちこめる駐車場に目を向ける。 (他に逃げ遅れた人は……。少名毘古那さんは大丈夫なのかな……?)  断続的に揺れが続く中、黒い霧はさっきより濃くなっている。  霧の中で、小石が散らばるような音がしていた。  そこで――。 (あっ!)  少名毘古那が飛来する霧のかたまりの尻尾をつかみ、次々と地面に叩きつけているのが見えた。 「僕の楽しいデートをぶちこわしておいて、タダで済むとは思わないでよねっ!」  地面に叩きつけた黒い固まりを踏みつぶす。  彼の前では禍津日神も、虫ケラか何かのようだった。  ただ、虫というのは往々にして数が多い。 「おいっ、いったい何匹いるんだよ! いい加減にしろー!!」  少名毘古那が空に向かって叫んだ時――。  また大きく大地が揺れて、地割れが呼吸するように大きく口を開けた。  そして中から、のっそりと巨大な生き物が姿を現わす。 「……邪魔して悪かったな……」 (え――!?)  天を仰ぐような大男だった。  手には一振りの大剣、顔には立派なひげをたくわえている。 「大国主(おおくにぬし)……」  少名毘古那が、彼を見上げて立ち尽くしていた。 (ええっ、あれが少名毘古那さんのカレ……!?)  その登場の仕方もさることながら、詩はサイズ感の違いにしびれてしまった。 「大国主。最近姿を見せないと思ったら、いったい何やってるの?」  少名毘古那が真上に向かって語りかける。 「見ての通り、掃除の最中だ」  彼が大剣をふるうと、その風圧で黒い霧が一掃されていく。  同時に大きく地面が揺れる。 「最近地下が騒がしくてな。地上に災いが及ぶ前に、きれいに掃除してやろうかと」 「あんたが地下で暴れたら、それだけで地上に被害が及ぶんだけど……」  駐車場にできた大穴を覗き込み、少名毘古那が呆れ顔をしてみせた。

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