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第36話 少名毘古那の神⑩罰ゲームっていったら……
「え、すごいことって何……?」
「聞くの? 野暮だなあ……。僕がなんのためにオニーサンをここまで連れてきたと思ってるの?」
「何のためにって……えっ?」
詩はあわてて立ち上がり、河川敷ののどかな景色を見回す。
少名毘古那はアイスクリームを食べ終え、スタスタと道を歩き始めた。
「多分オニーサン、あんまり慣れてないと思うから、僕がリードしてあげるね? でも僕、夢中になるとめちゃくちゃ相手のこと揺さぶっちゃうんだ。やり過ぎちゃったらごめん。けどきっと楽しいし、最後はお互いにいい汗かいてスッキリすると思う」
「ごめん、話が見えないんだけど……」
少名毘古那が意味ありげな笑みを見せる。
そこで木々の向こうにテニスコートが見えてきた。
「もしかして、いい汗かいてスッキリすることって……」
「うん、テニス。もっとエロいこと考えた?」
彼は二ヤニヤ笑いながら、詩の脇腹をひじでつついてくる。
「考えたよ……。わざとそういうニュアンスで言ったでしょ」
「それはもちろんわざとだよ。気があるってことはアピールしてかなきゃ」
「アピールされてるのか、僕は……」
上機嫌で歩いている彼の横顔を、詩はなんとも言えない思いで眺めた。
「でも少名毘古那さんには大国主さんがいるんだよね」
「大国主とはずいぶんセックスしてないって言わなかったっけ?」
のどかな昼間の景色に似つかわしくない話題だ。
「言ってたね。でも彼の気を引きたいんだよね……?」
聞くと少名毘古那は、拗ねた表情で詩の腕を引き寄せてくる。
「それとこれとは別。僕は冷たいアイスクリームも好きだし、ほかほかのパイも好きなんだよ」
(つまり別腹って意味?)
詩は首をひねった。
だいたい大国主は、今日のデートのことを知っているんだろうか。
彼が知らないなら、このあとバッタリ、なんてことにならない限りこのデートに意味はない。
となると祓戸が言っていた通り、少名毘古那はデートを口実に詩をおびき出したんだろうか?
それとも彼は、このあと大国主と会うことを確信しているんだろうか?
考えているうちに、テニスコートの受付に到着した。
「さーて、オニーサンのことコートでヒーヒー言わせてやろ♪ 這いつくばって『もう許して』って言うとこ見てみたいなっ」
「少名毘古那さんってサディストだよね……」
「うん、よく言われる」
彼は貸しラケットを振りながら、機嫌良く答える。
「けど僕もテニスは初めてじゃないからね。どこまでついていけるかわからないけど、自分からギブアップはしないつもり!」
詩も気合いを入れて体をほぐし、コートに出た。
「じゃあ軽くラリーからいってみよう!」
少名毘古那が軽やかにボールを投げ上げ、ネットの向こうから打ってくる。
詩も打ち返す。
何度か肩慣らし程度のラリーが続いた。
「いいね、じゃあこれは取れるかな?」
少名毘古那がニヤリと笑った。
コートの隅に、射るようなボールが落ちる。
「まだまだ!」
次は同じようなショットを詩が拾った。
「やるねえ、案外楽しませてくれる……」
少名毘古那の目の色が変わった。彼を取り巻く空気がキンと引き締まる。
「走れ! もっと! 次落としたら罰ゲームだから!」
「罰ゲームって何!?」
詩は両手で打ち返した。
「罰ゲームっていったら、痛いことか恥ずかしいこと! 相場が決まってるでしょう!」
少名毘古那も打ち返してくる。
男の子らしい野蛮さだ。でも、面白い。
「いいよ、そっちも覚悟しといてね!」
本気の打ち合いになっていた。
その時だった。
地面が揺らぐような感覚があり、詩はボールを打ち返しながら辺りを見回す。
「……っ、なんだ!?」
「地震!?」
別のコートで人が叫んだ。
(違う……、きっとただの地震じゃない!)
また大きく揺れが来て、詩は立っていられずにラケットを持つ腕を地面につける。
ゴロゴロと不吉な音が響いた。そして人の悲鳴とざわめき。
通路を挟んで向こうの駐車場で、地割れが起きていた。
「あれって……!?」
ぱっくりと露出した地面の裂け目から黒い霧が立ちのぼり――。
「禍津日神 !」
少名毘古那がテニスラケットを投げ出し、そちらへ駆けていった。
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