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第40話 少名毘古那の神⑭首輪をはめられるのは……
詩が湯気の立つカップを手に向かったのは、店から目の鼻の先にある駅ビル脇の公園だった。
(疱瘡さんは……?)
今は少名毘古那の神がいるから、疱瘡の神は店に来られないんだと思っていた。
普段彼を見かける場所はここか駅前広場だ。だが駅前広場の方では今日フリーマーケットをやっていて、いるならここだろうと踏んでいた。
「疱瘡さーん!」
呼んでみても反応はない。
公園では今、保育園カートで運ばれてきた園児たちが、わらわらと公園内に散らばり、元気に遊んでいる。
(今日はここも人が多いからいないのかな?)
コーヒーをテイクアウト用のカップに入れてこなかったことを後悔しながら、詩はベンチに腰を下ろした。
楽しげな景色の中で、たったひとり寂しさを感じる。
(疱瘡さんは、僕にとってなんなんだろう?)
向こうから来てくれない相手ほど追いかけたくなってしまう。それは男のさがなのか。
そんなことを思っていると……。
「なんだ、酒じゃないのか」
ベンチの後ろから、手元のカップを覗き込まれる。
「疱瘡さん……!」
「酒の匂いがした気がした」
「それ、気のせいじゃないよ」
逃がすまいと腕をつかまえ、ベンチの隣に座らせた。
「なんだ?」
「飲んでみて」
彼の手を取り、コーヒーのカップを握らせる。
「ああ、これ……」
彼がカップを鼻に近づけた。
「ラム酒を入れてきた。大さじ1杯。それとお砂糖。この飲み方、意外と美味しいんだよ」
ほのかなアルコールの香りに、疱瘡の神の口元がほころぶ。
「お前んとこ、酒は出さないんじゃなかったのか?」
「お休みだから今日は特別」
「特別、か」
彼は熱燗でもすするみたいにラム酒入りのコーヒーを飲み、にんまりと笑った。
「……最高」
「ほんとに? そう言ってもらえると嬉しい!」
詩も笑顔になる。
「あなたのその顔が見られてよかった」
疱瘡の神はアルコールの香る湯気をゆっくりと吸い、それから思案顔になった。
「なあ、詩……俺がお前を欲しいと言ったら、どうする?」
「え……?」
予想もしていなかった言葉を聞かされ、詩は答えに詰まる。
「お前にとって俺は、顔見知りの野良犬か野良猫みたいなもんなんだろうが。俺は犬猫じゃない、神なんだ。お前の思ってるような無害な存在じゃねぇぞ?」
「それ、どういう意味……?」
彼の眉間に寄ったしわの意味がわからない。
「お前に俺は飼い慣らせない。飼うか飼われるかって関係になれば、首輪をはめられるのはお前の方だ」
疱瘡の神はいつの間にかカップのコーヒーを飲み干し、それをベンチに置いて立ち上がった。
「疱瘡さん……」
「今夜、夢の中へ忍んでいく」
彼の後ろ姿がそう言った。
詩はぞくりと鳥肌が立つのを感じる。
今までにも何度かあった夢の中での行為で、詩は彼に逆らえなかった。
今思うと、あれはおそらく性行為だ。そしてそんな自分たちの関係を、祓戸や少名毘古那たちは知らない。
(僕は、どうしたらいいんだろう……)
彼の宣言にうんともイヤだとも言えずに、詩は離れていく背中を見送った――。
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