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第41話 疱瘡の乱①夜這いと浮気

 翌朝――。  食材を買いに出た詩は、ビルの屋上に立つ少名毘古那(すくなびこな)の神を見かけた。 (あれ、あんなところに……)  明るい色の髪が朝日に透けてなびく様子は、遠くからでも目立って見える。  すっと背筋を伸ばし、遠くを見つめる横顔……。  詩は何か鬼気迫るものを感じた。 (何かあったのかな?)  聞きたいけれど、ビルの上まではさすがに声が届かない。  あそこまで上っていくこともできないし……。  詩は気になりながらも通り過ぎた。  *  その日の午後、ちょうど祓戸(はらえど)が来ていたところへ少名毘古那がやってきた。 「昨日、どうだったんだよ?」  ふらっと来てカフェモカを頼んだ少名毘古那に、祓戸が問いかける。 (昨日?)  棚のカップに手を伸ばしながら聞いた詩は、昨日の大国主(おおくにぬし)の言葉を思い出した。  ――今夜忍んでいく。 (あのことか)  それと同時に、疱瘡(ほうそう)の神の言葉も思い出す。  ――今夜、夢の中へ忍んでいく。  一瞬、棚に伸ばした手が止まった。  そこを目ざとく祓戸に見つかってしまう。 「詩、どうしてお前が動揺するんだよ」 「ええっと……」  彼は以前、詩の“心の色”がわかると言っていた。  どういう仕組みか知らないけれど、気持ちの変化が読み取れるということなんだろう。 「なんでもないよ」  詩はカップを取り、エスプレッソマシンの前へ移動する。 「オニーサンも昨日は浮気してたってことなんだ?」  少名毘古那が見透かしたように言って笑った。 「それは妬けちゃうけど、昨日に限ってはお互い様だから許してあげる」 「なんだそれ! 話の前提から間違ってないか?」  眉間にしわを寄せる祓戸。 「っていうか誰と!?」  皿を洗っていたソンミンまで飛んできて口を挟んだ。 「あれ? その反応だと、浮気相手は祓戸でも、そっちのファンクラブ会員の子でもない?」  少名毘古那が首を傾げる。 「その前に、詩はお前のモンじゃねえんだから浮気じゃねーだろ」 「てんちょー! 誰とっ……誰と何があったんですか!?」 「だから、誰とも何もないよ」 「詩お前、案外ウソつくの下手なんだな……」  笑う少名毘古那に涙目になっているソンミン。祓戸は大きなため息をついた。 「いや、本当になんにもなくて」  できたてのカフェモカを、詩は少名毘古那の前に運んでいく。 ちなみに彼は昨日もお代を払ってくれていて、カフェモカ1杯におつりは要らないと1万円札を置いていったものだから、ソンミンが泣いて喜んでいた。 「じゃあなんで動揺してる?」  祓戸がじっと見つめてくる。これはもう誤魔化しきれないだろう。  詩は観念して言ってしまうことにした。 「実は……。疱瘡さんが昨日、僕の夢の中に忍んでくるって言っていて……」 「なんだとっ? 疱瘡のやつが……!?」  祓戸がカウンターを叩いて立ち上がる。 「そういやあいつ、なんにもできないくせに悪夢を見せる力だけはあったよな……」  少名毘古那が顔をしかめて言った。 「え、てんちょーの夢の中に入るって、なんかそれ……めちゃくちゃズルくないですか!?」  ソンミンはどんな想像をしているのか。  詩は続けて打ち明ける。 「でも……、来なかったんだよね。疱瘡さん」 「え、来なかった?」  3人が顔を見合わせた。 「うん、だから逆に心配になっちゃって」  夢の中で、前みたいに無体を働かれたくはないけれど、彼も思うところがあったから夢の中に来ると言ったんだろう。  それが気になる。  そして来られなかった理由も。 「僕は疱瘡さんのことがよくわからなくて……。でも、悪い神さまじゃないと思うし、あの人をもっと知りたいと思ってる」 「いや……あれは普通にロクでもねえ神だぞ?」  そう言う祓戸の隣で、少名毘古那もしきりに(うなず)いた。

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