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第45話 疱瘡の乱⑤重すぎる気持ち

 その日の夜――。  詩は店を早めに閉めてしまい、自室へ駆け戻って荷造りを始めた。 「何やってんだ? 詩」  祓戸が姿を現わし、詩の手元を覗き込む。 「何って、見ての通り出かける準備」 「こんな時間からどこ行くつもりだよ」  冬に差しかかるこの季節、閉店後の外はすっかり暗くなっている。  詩はバッグのファスナーを引き、祓戸の顔を見た。 「それはもちろん、疱瘡さんを探しに」  見つめると彼は思案顔になる。 「……本気か」 「本気だよ。僕がこういうことで冗談を言うと思う?」 「思わねえよ。けどあいつを探すってことは、少名毘古那のやつとぶつかることになる。下手すると消されるのは疱瘡の神だけじゃなくなるぞ?」  祓戸のそんな言葉に、詩はなんと答えていいのかわからなかった。 「怖いけど、何もせずにはいられないんだ」  彼を潰すという少名毘古那の言葉を聞きながら、疱瘡の神を見殺しにはできない。結果がどうなるにしてもだ。 「詩……」  祓戸の手が近づいてきて、詩の顎を引き上げる。  悲しげな瞳に見つめられた。 「はらえど……?」  戸惑っていると、そのまま唇が重なった。 「なんで……、今キスとかするの?」  また角度を変えて唇が合わさる。 「わかれよ。俺はお前を守る立場にある。本当なら縛り付けてでも止めるべきなんだ」 「だからキスするの……?」  祓戸はそれには直接答えなかった。  ただ唇が擦れ合う近さで言葉を続ける。 「けど、俺がお前を押し倒してるうちに疱瘡が消されたら、お前は俺を恨むだろうな。そんでお前の中であいつが永遠になるのはイヤだ」 (僕が疱瘡さんを忘れられなくなるのがイヤ?)  彼の揺れる瞳に映る感情は、悲しみでなく嫉妬の炎なのか。 「だから正直迷ってる」 「だったら」  詩は自分から彼の唇にキスをした。  大切な相手を、そんな気持ちにさせたくない。 「祓戸、一緒に疱瘡さんを探しに行こうよ。もしかしたら手助けを必要としているかもしれない」 「……ハ、手助け?」  祓戸は呆れたように長いため息をついてから、顔を歪めて笑った。 「お前、どこまでお人好しなんだ! あいつのせいで店が潰れそうなんだぞ?」 「今さらだよ。今回のことがある前から潰れかけてた」 「俺たちみたいな“疫病神”とつるんでるから商売にならないんだって!」  髪をぐりぐりとかき混ぜながら笑われる。 「それでもご縁は大切だよ。蕎麦屋(そばや)やってたじいちゃんばあちゃんが言ってた」 「そういや、お前のじいさんばあさんも商売下手だったよな~……。まー、俺を(まつ)るくらいだもんな」 「そっか、祓戸はずっとこの家にいるから知ってるのか」  祖父母の顔を思い出し、詩は少しほっとした気分になった。  祓戸は髪に触れながら続ける。 「それは当然。詩のことも赤ん坊の頃から知ってたよ。よく抱っこされて来てただろ? お前は昔から可愛かった」 「……え、そんなこと、今まで一度も言わなかったよね?」  驚いて聞き返すと、彼は詩の髪から手を離し、視線を逸らしてしまう。 「それは……俺にとっては今さらすぎる事実だし……こっちの気持ちが、あんまり重すぎるのもイヤだろうから」 「えーっと、祓戸……?」  気持ちが重すぎるとか、祓戸がそんなことを気にしていたなんて意外だった。  見つめていると……。 「やっぱ今夜は押し倒すか!」 「えっ!?」  ぱっと目を上げた彼に、今度は手首をつかまれる。 「だ、だ、だめだよ……今日は疱瘡さんを探しに出かける……!」 「今日じゃなかったらいいんだな?」 「…………。たぶん……」 「……! たぶんってなんだよー」  祓戸は()ねた口調で言うけれど、顔は耳の辺りまで赤かった。  詩は思わず口元が緩みそうになるのをこらえる。 (祓戸って、意外に可愛い性格なんだなあ。どちらかというと、僕の方が押し倒したいかもしれない) 「……? なんだよ」 「なんでもない!」  それからふたりは疱瘡の神を探すため、店舗兼自宅の建物をあとにした。

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