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第44話 疱瘡の乱④疱瘡退治
「……え、退治ってどういう意味?」
椅子をアルコールで拭いていた詩は首を傾げる。
詩としてはあれ以来ずっと疱瘡の神を見ていないわけで、“退治”なんて言われてもピンと来なかった。
「それより少名毘古那さん、その席は座れないんだ」
彼が手を伸ばしかけた椅子の、座面に貼られた×印を指し示す。
「最近また感染症が流行ってるから、対策を徹底するようにって保健所から言われてて……」
それで今も店内の消毒の真っ最中だった。
カウンターしかない店の、半分の席に×印がついたら3~4人しか客が入れなくなる。
ただでさえ流行らない店が開店休業状態だった。
ソンミンが横から言ってくる。
「退治より、疱瘡さんの居場所がわかるんならうちのツケを回収してきてくださいよー! 取れるとこから取ってかないと、マジで店が潰れます!」
それに関しては詩にも否定のしようがなかった。
ところが少名毘古那の神は二人を見て、信じられないといった顔をする。
「あのさ、オニーサンたち、誰のせいでこうなってるか知らないの!?」
「え……?」
「祓戸から聞いてない? 全部、疱瘡の神のせいだよ! あいつが病の神たちを連れて舞い戻ってきたんだ! 僕らの街をめちゃくちゃにしてるのはあいつだ」
「えっ……!?」
息を呑 むソンミン。
「そんな……」
詩の手が止まった。
「だって少名毘古那さん……、疱瘡さんは力の弱い神さまだって、何もできないって言ってなかった? そんな疱瘡さんがどうして……」
少名毘古那に問いかけつつも、まったく理解が追いつかない。
そんな詩の視線の先で、彼は深いため息をついた。
「僕もあいつの力は極限まで削いだつもりだったよ。けど違った……。街で暴れてる病の神を片っ端から捕まえて尋問したら、どの口からもあいつの名前が出てくる」
だったら事実なのか……。
にわかには信じられないことだけれど、この混乱した街の状況が疱瘡の神のせいだとしたら、彼に情けをかけていた詩も、ある意味で同罪なのか。
「ねえ、祓戸は……祓戸は知ってたの……!?」
詩は思わず、ここにいない祓戸に問いかけた。
店の奥には自宅へ続く引き戸があり、その先には祓戸の神を祀る神棚がある。
「……悪い、詩……」
声がしたのは奥の神棚ではなく、詩のすぐそばだった。
「祓戸……」
彼は悲痛な表情で立っている。
「あいつのこと信じてるお前に、なんて言うべきかわからなかった」
「…………」
詩は彼の着物のそでをぐっとつかんだ。
「本当に悪かった」
「わかってる……」
祓戸は優しさから言えなかった。もしかしたら疱瘡の神のことも、今はまだ見て見ぬふりをしようとしていたのかもしれない。
一方で少名毘古那には街の営みに対する責任感と、それに伴う残酷さがあった。
「オニーサンには悪いけど、僕はあいつを探し出して今度こそ消すよ。今日はそれを言いに来た」
彼はそう宣言して行こうとする。
「待って! きっと疱瘡さんにも何か考えや事情があるんだよ」
行こうとしていた少名毘古那が、引き留めようとする詩を見返した。
「だとしても結果が全てだ」
少年の姿をした神はどこまでも残酷だ。
「じゃあ、話も聞かずに退治する気なの?」
「これは生きるか死ぬかの戦いなんだ」
(生きるか死ぬかの――)
祓戸のそで口をつかんでいる詩の手が、力んで震えた。
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