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第43話 疱瘡の乱③あぶないトナカイ

「ひどい……なんで……誰がこんなことを……」  社へ歩み寄っていき、詩は震える手で石の破片を拾う。  白い粉がぼろぼろと手からこぼれ落ちた。重機でも持ち込まなければこんなふうには砕けないはずだ。 「人間の仕業じゃないよ」  少名毘古那が落ち着いた声で言う。 「昨日の夜は、境内に僕と大国主がいた。不審なことは何もなかった」 「だったらいったい……」  詩は小石を手にしたまま、少名毘古那を振り返る。 「わからない。けど僕が思うに、疱瘡の神が自分でここを壊して出ていった。あいつの気配は、昨日境内にあったからね」 「でも……どうしてそんなことをする必要があるの?」 「それは、もう戻らないっていう意思表示じゃないかな?」  言いながら、彼も小石のひとつを手に取った。 「今朝僕はこの社を見て、気になって疱瘡の神を探したんだ」  だからビルの屋上にいたのか。 「でも見つからなかった。彼はずっと肩身の狭い思いをしながらここにいた。いい加減、出ていこうって決めたのかも」 「そんな……」 詩としては、にわかには信じられない。こんな寂しい別れを信じたくはなかった。 「僕はどうすれないいんだろう? 僕に何かできることは」 「会いたいの? オニーサンは、あいつに」  少名毘古那が拾った小石を投げ上げる。  小石をにらむ瞳が冷たかった。 「それは会いたいよ。このままじゃスッキリしない。会って話がしたい」 「……そう」  彼は投げた小石を横からさらうようにして取り、今度はそれを地面に投げ捨ててしまった。 「わかった。僕はもう探さないけど、見かけたらオニーサンに教える。でもうっかりあいつをひねり潰しちゃったらごめん。ライバルは少ない方がいいからね」  彼は小さく肩をすくめ、拝殿の方へ行ってしまった。 「少名毘古那さん……」  ライバルは少ない方がいい、なんておどけたことを言っていたけれど、きっと本音は違うんだろう。勝手に出ていった疱瘡の神に腹を立てている。  それはある意味、仲間意識みたいなものなんだろうか。  詩は彼の背中に声をかけた。 「きっと帰ってくるよ……!」  道の途中で振り向き、少名毘古那は困ったように笑う。 「あいつが帰ってきても、めでたしめでたしってことにはならないよ。僕らはもともと、相容れない関係なんだから」  *  それからしばらく――。  少名毘古那の予想通り、疱瘡の神は姿を現わさなかった。現実の街にも、それから詩の夢の中にも……。 「そういえば最近来ないですね、疱瘡さん」  暇な午後。カウンターテーブルを拭きながら、ソンミンが思い出したように言う。 「うん……。駅前広場にも、公園にもいないんだよね。本当にどこへ行っちゃったんだろう……」  詩は、店の冷蔵庫の奥に残っているノンアルコールビールを確かめた。  賞味期限はまだ先だが……。 「やっぱり常連さんが来なくなるのは寂しいね……」 「常連っていっても、あの人お金払ったことありませんよね? ツケを踏み倒されるのは困ります」  ソンミンはツケのつもりだったのか。 「そこはまあ……」 「“まあ”って店長! 債権回収を諦めないでください!」 「そうだね、わかった……」  神さまからお金を取ろうとしているソンミンがたくましく思えた。  そこでドアベルが鳴り、祓戸がふらっと店に入ってくる。 「詩~、いつもの」 「ブルーマウンテン750円ですね?」  詩が何か言うより早く、ソンミンが返事をした。 「……あ? なんだミンすけ」 「全部ツケてます」  彼はわざとらしくメモ帳を開いてみせる。 「待て待て! 俺はハロウィンの時に働いただろう?」 「ハロウィンって半月以上前ですよ。それから2週間、あなた週5で来てますからね?」 「ぐっ……」  祓戸が言葉に詰まって詩を見る。 「ミンくん、それはいいから」  詩がやんわりと止めた。 「でもてんちょー、うちは相変わらず赤字ですよ?」 「なんでミンくん知ってるの」  帳簿は見せていないはずなのに。 「それは1年もバイトやってるんですから、客の入りを見てればわかります」 「さすがミンくんは賢いね」 「だから、使えるものは使いましょう」  ソンミンが店の中を見回した。  そこで彼は、詩が今朝店に出したばかりのクリスマス飾りに目を留める。 「何、ミンすけは俺をサンタにでもするつもりか?」 「いいですね。でもサンタは主役なので店長に譲って、祓戸さんはトナカイ辺りでお願いします」 「おい、俺は運搬用の家畜かよっ」  サンタはよくても家畜はイヤなのか……。  ソンミンがブルーマウンテンの瓶とカップを取り、にやりと笑った。 「あなた体が資本ってタイプでしょう、ちょうどいいじゃないですか」 「ひどい扱いだな……」  祓戸はムッとしてカウンターに頬杖を突く。 (でも、赤鼻をつけた祓戸、ちょっと見てみたいかも……)  ガレットの種を作りながら、詩が勝手に想像していると……。 「おい詩、いま何考えてる?」 「……え?」 「お前は俺に乗りたいわけか」  祓戸には詩の心の中がお見通しみたいだ。 「乗り……? えーと……」  詩がサンタならそうなるのか。 「お前と俺じゃ、上に乗るのは俺の方だと思ってたのに」 「……?」 「いや、気にするな」  さっきまで不服そうにしていた祓戸が笑っている。 「あっ、そこのトナカイは何を企んでるんですか! てんちょー、クリスマスだからってこんなあぶないトナカイには乗らないように! クリスマスデートは僕がいいところにお連れするので」 「誰があぶないトナカイだよっ!」 (それよりガレットの種をこねないと……)  カウンター越しに言い合う2人の話を、詩は聞き流すことにした。  *  そんな矢先――。 「疱瘡の神を退治しに行く!」  店に来た少名毘古那が言いだした。

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