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第58話 番外編:メリークリスマスの牛③可愛い普通の牛と、可愛くないかもしれないけど由緒正しい牛

「じゃあみなさん、干支ぬいぐるみの作り方を説明しますねー」  休日の店内、詩がカウンターに並んで座るみんなを見回してから話しだす。 「まずパーツが揃っているか確かめてください。布はあらかじめ型紙にそって切ってあるので、あとは縫って綿を詰めるだけです! 縫いしろも布に印刷されています」 「なんだ、それなら楽勝だな!」  祓戸がさっそくキットを開けて、パーツを確認しながら言った。  ソンミンが横から祓戸をつつく。 「祓戸さん、ぬいぐるみは顔が命ですよ! 適当に縫って終わりじゃないです」 「そうそう、目はボタン、鼻や口は刺繍糸のステッチでつけます。難しかったら僕がヘルプに入るから言ってね」  詩が続けた。  少名毘古那がキットに入っていた目のボタンを眺めながら言う。 「牛だもんね、布田天神の御神牛みたいな顔でいいのかな?」 「少名毘古那、あの牛はぶっちゃけあんまり可愛くないと思うぞ?」  祓戸が渋い顔をしてみせた。 「あの牛は菅原道真公ともご縁があった由緒正しい牛なのに」 「由緒正しくても可愛くはないって話だよ。ぬいぐるみは可愛い方がいいんじゃねーのか?」 「そうなの? 僕は可愛い上に由緒正しい神さまだけどね」 「聞いてねーよ……!」 「ねえ、オニーサンは可愛い普通の牛と、可愛くないかもしれないけど由緒正しい牛だったらどっちがいい?」  少名毘古那は詩に話を振ってくる。 「うーん……難しいけど、由緒正しい牛かな? 御利益ありそうだし」 「詩、ぬいぐるみに御利益を求めるのは酷だと思うぞ? 神の俺でさえ御利益なんてたいしてないのに……」  真顔で自虐ネタを言う祓戸に、詩は一瞬返す言葉に困ってしまった。 「えーっとまあ、頑張って作ろ! 可愛くても可愛くなくても、御利益があってもなくても、愛情込めて作ればそれでいい。あと、祓戸は御利益なんかなくてもいてくれるだけで十分だから」 「俺も、詩が元気でいてくれればそれで――」  二人の視線が甘く絡み合う。 「ゴホン! 僕の目の前でイチャつかないでくれるー?」  絡み合う視線を少名毘古那が手でさえぎった。  それから各自、ぬいぐるみ作りを始める。 「そういえば、疱瘡のやつは誘わなかったんだ?」  少名毘古那が手を動かしながら祓戸を見た。 「あいつが来るわけないだろ」 「ハロウィンの時も手伝いに来てくれませんでしたよね」  ソンミンも横から言う。 「俺が言うのもなんだが、あいつが人の役に立ったところなんて見たことないよ」  と祓戸。 「疱瘡さんは病の神さまなんだから、暴れないでくれればそれでいいんじゃないの?」  詩がフォローした。 「何言ってる。あいつの手下どもが未だにそこらへんで暴れてるじゃねーか」  祓戸が言っているのはまだ感染症が流行っているという話だ。 「あれ? でもころなはともかく、インフルエンザは例年よりずっと少ないって……」  詩のその言葉に祓戸がハッとなる。 「もしかして、詩に囲われてあいつが大人しくしてるから!?」 「そうなの?」 「そうとしか思えない。詩、お前すげーな……」  それを横で聞いていた少名毘古那が声をあげる。 「え、疱瘡がオニーサンに囲われてる!? 何それ!?」 「少名毘古那さん知らないんですか? 疱瘡さんは布田天神におうちがないからって店長のプライベートスペースに……」  眉をひそめる少名毘古那にソンミンが説明した。 「僕はただ神棚に疱瘡さんの御札を入れてあげてるだけだよ」 「それでもあいつ、ちょこちょこ出てきて詩に酒をねだってるじゃねーか!」 「祓戸にも御神酒あげてるでしょ」 「そういうことじゃなくてさー。あいつが調子に乗って詩に変なことしないかって俺は心配なんだよ!」  祓戸がむくれた顔をする。 「疱瘡さんは何もしないよ。たまに僕にひざまくらおねだりするくらいで」 「そうだよ! それ見た時は黄泉送りにしようかと思った! あー、なんか思い出したら腹立ってきた!」 「……えっ、祓戸?」  彼は席を立ち、大股で奥へ行ってしまった。 「ケンカしに行ったのかな?」  ソンミンが他人事のように言う。 「心配だな……」 「ほっときなよオニーサン、あいつらの小競り合いなんて日常茶飯事なんだから」  奥の自宅へ向かおうとする詩を、少名毘古那が止めた。  *  それからしばらく、手元に集中していたソンミンが顔を上げた。   「よーし、1個できあがりっと! ……祓戸さん戻ってきませんね。この分だと戦いから脱落かな? 僕が店長とデートできる確率が1/3から1/2に上がりました」 「実は僕もそのこと考えてた」  少名毘古那もにやりと笑って、できあがったぬいぐるみをカウンターの上に置いた。 「初めから僕が勝つって分かってたけど、勝利がよりカクジツになったな」  二人の視線が交わり、静かな火花が散る。  ところがこのあと戦いは、混沌(こんとん)を極めることになる……。

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