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第57話 番外編:メリークリスマスの牛②30頭の牛

「これなんですか? てんちょー……」  ソンミンが箱の中のひとつをつまみ上げる。 「そこに書いてある通り『干支ぬいぐるみ手作りキット』だよ」  詩が肩をすくめた。 「なんかいっぱいありますよ!?」 「うん、30個入ってる……」 「まさかと思うが……」  祓戸が口を挟む。 「正月までにぬいぐるみ30個、作るつもりなのか!?」 「そのまさかなんだよねー」  詩は笑ってみせた。 「実は事情があって。このぬいぐるみキットを作ってる手芸店さんのウェブサイトを手伝ってるんだよ」 「そういえば店長、デザインとか得意でしたよね」  ソンミンが思い出して言う。 「いや、素人に毛が生えた程度だよ。それで、その手芸屋さんが余ったからうちの店で活用してくれって、送ってきてくれたんだ。ほら、牛さんのベストの柄がコーヒー豆の絵になってるんだよ……!」 「ほんとだ。でも活用って?」  どう活用すればいいのか、ソンミンには想像がつかない。 「お正月の福袋で出すコーヒーチケットのセットに、おまけとしてつけようと思ってるんだ」 「干支のぬいぐるみの手作りキットを?」 「いや、正月までに30個作るっつってんだから、完成させたぬいぐるみをつけるんだろ」  祓戸が詩に代わって解説した。  ソンミンは悲鳴をあげる。 「ウソでしょー!? クリスマスも楽しまないでぬいぐるみ作りなんて!! あああ、僕と店長とのラブなクリスマスが~……」  それからソンミンはカウンターに突っ伏して動かなくなった。 「ごめんね、ミンくん」  詩がソンミンの手元にビスケットを押しつける。  祓戸は笑いながら彼の肩を叩いた。 「まあ、そういうことなら仕方ないよな。店のためなんだし」 「店のため……?」  ソンミンがむくっと顔を上げる。 「だったら僕、手伝います! 24日に来ればいいんですよね?」 「それは悪いよ、ミンくんはクリスマス楽しんで」 「てんちょーが相手してくれないならクリスマスも平日も一緒ですもん!」 「そりゃそうだな、だったら俺も手伝うわ」  すねた顔のソンミンの隣で、祓戸がぬいぐるみキットの作り方を確認し始めた。 「えっ、祓戸まで?」 「器用な僕や店長ならともかく、あなたぬいぐるみなんて作れるんですか?」  ソンミンは疑わしげだ。 「こらこら子供たち、俺が何千年生きてると思ってるんだ。人間にできることは大抵できる」  祓戸は胸を張った。  その時彼の持っていたぬいぐるみキットを、誰かがひょいと取り上げた。 「へえ、干支のぬいぐるみ……」 「おわっと! なんで少名毘古那がいるんだよ!?」  祓戸がぎょっとした顔をする。 「僕が来ちゃいけない? オニーサン、甘いのください」 「甘いの……いつものカフェモカでいいのかな?」  詩は突然現れた少名毘古那のためにカフェモカを作り始める。 「ちゃんと入り口から入ってこいよな」  祓戸が苦情を言った。 「出る時は消えていいけど、入ってくる時は正面から来ねぇと周りが驚くだろ」 「そんなの祓戸の勝手なこだわりでしょ!」  少名毘古那が言い返す。 「帰る時お金払ってくれればどうでもいいですけどね! ってことで少名毘古那さん、カフェモカは一万円です!」 「ミンくん?」  詩がソンミンを笑顔でたしなめた。  少名毘古那が詩を見る。 「それでクリスマスイブは、みんなでぬいぐるみ作り大会なんだ?」 「なんか、そんな感じの話になってるね」 「僕も参加していい?」 「少名毘古那さんが? もちろん、手伝ってくれるのは嬉しいけど……」 「じゃあきまり! 正月は死ぬほど忙しいけど、クリスマスは暇だなと思ってたんだ」  神社の神さまってそんな感じなんだろうか。少名毘古那の笑顔を見て詩はそう思う。 「じゃあみんなでぬいぐるみ作りってことで。僕は何か美味しいものでも用意しておくね」 「ああ待って、店長!」  カフェモカを出しながら言う詩を、ソンミンがさえぎった。 「ぬいぐるみ作り、4人でやれば案外早く終わったりしませんか!?」 「え? そうだね、朝からやれば……」  詩は頷く。 「じゃあ夜は、ぬいぐるみ作りで一番活躍した人とデート!」 「なんだミンすけ、おまえ一番になれると思ってんのか?」  祓戸がにやりと笑った。  できたてのカフェモカを受け取り、少名毘古那が言う。 「え、その勝負ならどう考えても僕が一番でしょ」  三人とも自信満々だ。  それで詩は考える。 (競争にすれば、みんな集中して頑張れるのかな?) 「分かった。ぬいぐるみを一番たくさん作った人に、僕が何かご馳走する」 「「よっしゃ!」」  祓戸とソンミンが同時にカッツポーズをした。  その横で少名毘古那はにやりと笑う。 「クリスマスデートだもん、食事だけで解散ってことはないよね?」 「何……? 少名毘古那さん」 「ううん、こっちの話!」  そして――。  それぞれがそれぞれの思惑を胸に、クリスマスイブの珈琲ガレットに集まった。

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