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第56話 番外編:メリークリスマスの牛①クリスマスデートのお相手は
12月下旬のある日――。
店で休憩中のソンミンは、タウン誌の特集ページを覗き込んでいた。
「フレンチ? イタリアン? やっぱフレンチか? いや、僕の手料理をご馳走するってことにして家に直行って手も……ああ、それならいっそベッドに直行……!? 無理かなあ、店長はスルースキルが高いからなー……」
ぶつぶつ言いながらページを行ったり来たりしていると、うっかりそのページを破いてしまった。
「ああっと! 大切な情報が……」
「何やってんだ? ミンすけ。心の声が漏れてんぞ」
いつの間にか祓戸の神が隣に来て手元を覗き込んでいた。
そういえば少し前から彼が来ていたんだった。
あまりに日常風景に溶け込んでいて、最近ではソンミンは祓戸の存在に気づかない。
「ああそうだ、コーヒー代つけとかないと……」
メモ帳を出し、日付と彼の飲み物代をつけておいた。
一方の祓戸はタウン誌をふむふむと見ている。
「『クリスマスデートにオススメのレストラン』か。あれっ? クリスマスってあと何日もないんじゃ……」
「そうなんですよ。僕としたことが出遅れました。この中でまだ予約が取れるところはフレンチが1軒、イタリアンが1軒。それでどうしようかと思ってたんです」
ソンミンは自分でマルを付けたところのレストラン情報を見比べる。
「やっぱフレンチかな!」
「イタリアンだな! 俺はこのエビが食いてえ」
「残念ながら僕が誘う相手は店長です!」
「そうだろうな」
祓戸の神は白い歯を見せて笑った。
「けど……詩と二人で食事か。それいいな」
「あなたは普段から、店長と家で一緒なんじゃないですか? なんなら食事も一緒にしてるんじゃ……」
ソンミンが奥の神棚の方へ目をやる。
そう言われると祓戸と詩はある意味同居しているんだが、今は少し事情が違った。
「それがさ、今疱瘡のヤツがいるんだよ」
「……え、なんですかそれ!? 僕、聞いてませんよ!?」
ソンミンは思わず椅子から腰を浮かせる。
「詩から黙ってろって言われてたんだが、半月経つしそろそろ時効だよな。布田天神の疱瘡社が修復中だからって、詩が家に置いてやってるんだよ。それで疱瘡のやつが詩に何かしないかって、俺が見張ってるわけだが……」
話しながら祓戸はため息をつく。
「まったく気が休まらねえし詩と二人の話もできねえから、俺は二人で外に出たい」
「なるほど……。気持ちは分かりますが、店長とのデートはそう簡単には譲れませんよ」
ソンミンの視線は、壁に貼ってある店の営業日カレンダーへ向けられた。
忙しい詩を連れ出せるのは、基本的に店休日だけである。そうなると休みの日の彼は取り合いだ。
そして今度の休みは、偶然にもクリスマスイブの日……。
それを言おうとしていると、店先で配送業者から荷物を受け取った詩が戻ってくる。
「ああ詩、ちょうどよかった」
祓戸が切り出した。
「今度の休みなんだが――」
「祓戸さん抜け駆けは困ります! てんちょー、今度の休みは僕と――」
「俺と一緒に――」
我先にと話す二人を見て、詩がにこやかに返す。
「二人でどこか行くの?」
「「ちがーう!」」
「???」
ソンミンがカウンターに腕を尽き、身を乗り出した。
「店長、今度の休みはクリスマスイブですよ? クリスマスイブは特別な人と特別な時間を過ごしたいです! だからあなたのイブを、僕にください!!」
「ああ、ごめんミンくん。その日はもう……」
詩は申し訳なさそうに両手を合わす。
「ミンすけ、さっそくフラれたか」
祓戸が苦笑いを浮かべた。
「だ、誰ですか店長……!? 疱瘡さん? それとも少名毘古那さん!? また新しい神さまが加わったとか言ったら泣きますよ?」
ソンミンはすでに泣きそうな顔で言う。
「そうじゃなくて」
「ってことは、まさか人間の!? 人間のカレシができちゃったとか!!?」
「ええっ……!?」
ソンミンの言葉に祓戸まで動揺の色を浮かべた。
「人間の恋敵はちょっと、俺的に脅威なんだが……」
「僕も人間なんですけどっ」
ソンミンがすかさずつっこむ。
「ミンすけは座敷わらしじゃなかったのか」
「妖怪はともかく子供設定はやめてください! 店長の恋愛対象から外れるじゃないですか!」
「いや、もともとお前は子供じゃ……」
「僕の国では19歳から大人です!」
「えっ、そうなんだ?」
言い合う二人を横目に荷物を見ていた詩が、荷物から顔を上げた。
「まさかてんちょー! 僕のこと子供だと思って恋愛対象から外してました!? あーもー、頑張って口説いてるのに響かないわけだ……」
「えーと……」
他国で大人でも、この国ではやっぱり未成年なんじゃと思う詩だった。
「僕は大人なんで、クリスマスデートしてください!」
ソンミンが詰め寄る。
「あのねミンくん、僕ほんとに用事があって」
「どこで誰と会うんですか!?」
「それは俺も聞きたいな」
祓戸もソンミンに加勢した。
それで詩は息をつき、二人に打ち明ける。
「用事っていうのは、実はこの箱の中身なんだ」
「え、箱の中身?」
二人の視線を受け、段ボール箱の中身を持ち上げてみせた。
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