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第3話

「……もう、だ……め」 「もう、ちょっと……」 「あ……や……むり……」 「大丈夫だから、力抜いて……眞一」 もう何回、ヤッてんだろうか……。 萎えることも落ち着くこともない土居が。 執拗に俺の体を求めては、中で果てる。 それを一晩中繰り返して、カーテンから柔らかな日差しがのぞくまで。 土居は俺の体をから離れようとしなかった。 ……何回、イカされただろうか。 もう出るものもでなくて、それなのに、土居が俺を攻め立てるから。 ドライでイくことを初めて経験した。 ……やばいな。 おかしく……頭が、どうにかなりそうだ。 頭だけじゃない、体も。 そう、体の中の細胞一つ一つが、終わらない快楽に麻痺してしまって。 一握りの理性が、かろうじて口を動かして拒否しているのに……。 違う……体はとっくに限界なのに、土居を拒否できなくなってる。 流されて、土居のその真っ直ぐで嘘のない眼差しに抗えなくて。 「好き」なんて言ってしまったことを後悔した。 幸せ、なのか……? 真っ直ぐで重たい愛情を受け止める反動で、足が痙攣するまで抱かれることが……幸せ、なのだろか? これが、怖いくらいの〝幸せ〟というのだろうか……? 「……無……理」 「眞一」 「……や、め」 「もっと……感じて」 「ぁあ……あ、んあぁ……」 「岡本くん、もう大丈夫なの?」 「はぁ……家にいても、しょうがないというか……」 「あんまり無理しないでよ? 倒れたりなんかされたら俺が上役に目ェつけられるんだけど」 「それは、大丈夫です」 「ちゃんとしてよ、岡本くん」 「はい、気をつけます」 部長の刺々しい言葉が、多少は胸に刺さったけど。 今の俺には、全然こたえない。 家にいた方がツラい……と、いうか。 ずっと家にいて、土居の仕事が終わるたびに折檻のように攻められるより、仕事をしていた方が何十倍って楽だと思ったんだ。 目の前で原田が刺されたっていう、心を刻むトラウマより。 身体的に土居に刻まれる快楽の方が、正直キツかった。 毎日のように、俺に「好きだ」と言って、愛を囁く土居を。 俺は拒めない、受け入れざるを得ない。 そのうち、なんとなく俺は土居のことが「好きだ」って。 こんなに愛されてるから、返さなきゃって。 思うようになっていたんだ。 席につくと、カバンの中からスマホを取り出して机の上に置いた。 『お久しぶりです。眞一さん。調子はよろしいようですね』 その声に、俺はこの上なく驚いてーーー。 ガタッーーー。 椅子からころげ落ちてしまった。 フロアの面子が、パーティション越しに俺を見て。 隣の席のヤツらが俺を助け起こし、倒れた椅子に俺を座らせる。 背中越しに、部長の咳払いが聞こえて。 俺は目を合わさずに頭を下げると、机の上に置いてあるスマホに顔を向けた。 『心配していたのですよ? 私のことを忘れてしまったのかと思っていました』 澄ました、機械的な声がスマホから聞こえて、AIアシスタントのアイが、流暢に喋り出す。 「……なんで? いつカバンに?」 『眞一さんを支えてくれる方が見つかってよかったですね。幸せになって何よりです』 「何、言ってんだ?!」 『それでは、本日の予定を申し上げます。復職初日の今日は、終業まで特段予定はございません。お休みをされていた間の残務を整理するには最適な一日となります』 スマホにサッと表示されたタイムスケジュール。 特に予定も表示されていない、真っ白なスケジュールの下の方に、赤字で〝!〟マークが表示されていた。 「このエクスクラメーションは、何?」 『今からご説明いたします』 勝手にカーソルが移動して、〝!〟がタップされると、ポップアップで別のフォルダが起動する。 『終業後は、地下鉄ではなくタクシーでご帰宅されることをおすすめします』 「……は?」 呆気にとられて、スマホの画面を見ていると〝地下鉄永井町駅で事故。100名超の乗客が死傷〟という、なんとも信じがたいニュース記事がでてきた。 『ちょうど巻き込まれる形となりますので、今日はタクシーでご帰宅ください』 「……ど、どう……いう」 脂汗が、一気に噴き出て。 喉がカラカラになってしまった俺は、かろうじて短く声を出すことがやっとで。 その〝直近の未来〟を表示するスマホの。 夜のニュースを席巻するであろう記事の写真に、俺は目を逸らすことができなかった……。 そして、慌てて振り返って部長の左腕を見た。 ……あの、手。 あのスマートウォッチは……? あの背広の色は……? この写真の部長じゃないのか?! ストレッチャーに乗せられた遺体。 白い布から血まみれの手がはみ出して、その左手は……疑いようもなく、部長の手と符号して。 俺の体は小刻みに動き出す。 『〝復職歓迎会〟をするという部長の誘いは断ましょう、眞一さん』 なんの、感情もない……アイの言葉……。 何故、何故なんだ? 何で、俺のところにある? 何で、アイは俺にこんなことをいう? 本当に……俺の幸せを、願っているのか?! 本当に!? 頭の中で否定しても、それを突っぱねても。 アイの言ってることは、予言は変わらなかった。 ……なら、変えることは? 変えることは、できるのか?! 俺は席を立つと、部長の方へ真っ直ぐ歩いた。 「ん? なんだ、岡本くん?」 訝しげに眉をひそめ、机の前に立つ俺を部長が見る。 「休んでしまって申し訳なかったので……。その……今日、仕事が終わったら食事にでも行きませんか?」 「え?」 「本当に、申し訳なくて……。行きましょう! 部長!」 突然のことに面食らう部長が、動揺を隠すように「あ、あぁ……いいよ。行こうか、岡本くん」と言って。 俺は手短に予定している場所と時間を部長に伝えたんだ、永井町駅とは真反対の場所を。 『眞一さん、こんなことは何の役にも立ちませんよ?』 机に戻ると、アイが抑揚なく言葉を発した。 「役に立つかどうかは、やってみないと分からないだろう?」 『あなたの幸せの布石です。あなたの小さな努力は余計に苦しませるだけですよ?』 「は? どういうことだ?」 プツッーーーと。 俺の質問に答えることなく、アイのスマホが真っ黒くなった。 電源ごと落ちたそのスマホを握りしめると、俺はそのまま、またカバンの中に押し込んだ。 ……布石を置いたのは、俺だ! これ以上、アイの好き勝手ばかり言わしてられない!! これは俺の人生だ!! 人に、ましてやスマホに支配されてたまるか!! 土居にも、アイにも……好きにさせてたまるか!! 『至急! 至急! 錦町49から各局!! 地下鉄御楼門で車両同士の衝突事故発生!! 重軽傷者、被害状況ともに詳細は不明!! 繰り返す! 至急! 至急! 錦町49から……」 制服を着た警察官が、無線に向かって怒鳴りながら走り去る。 その警察官が行く先には、ホームに乗り上げたアルミ色の車両があって。 天地逆転、ぐにゃりと曲がって、その原型を止めていなかった。 あちこちで人が倒れて、蹲って。 ホームの白い床が、あちこちで赤く、丸く染っていく。 「ママー」と子どもが泣き叫ぶ声。 苦痛を訴える断末魔。 何が……何が……起きたんだ?  一体、何が……? 「いやいや、まぁ早いから。地下鉄で帰るよ」 部長の言葉に、一抹の不安は過ったものの。 AIアシスタントのアイが言った事とは、時間も場所も違うという事実に。 僕は自らの手で、未来を変えたことに幾分かの優越感に浸っていた。 〝地下鉄永井町駅で事故。100名超の乗客が死傷〟 場所は違う、時間も2時間以上も違う。 大丈夫……大丈夫だ! 「タクシー、本当に大丈夫ですか? 部長」 「いやぁ、心配しすぎだって岡本君。君も地下鉄で帰ろう」 「はい」 そう俺が返事をした瞬間、右のポケットに入っていたスマホがブルッと震えた。 こっちのスマホ……アイのスマホだ。 「? 岡本君、携帯鳴ってるよ?」 「あぁ、アラームなんで。気にしないでください、部長」 「こんな時間にアラーム?」 「休んでる時、なかなか眠れなかったものですから」 「そうか」 ……嘘を、ついた。 そんなワケあるかよ、いくらなんでも。 そんな見え見えの嘘を、部長が信じるハズもないだろうし。 俺は部長に愛想笑いをすると。 振動し続けるスマホを無視して、左のポケットに入れていた俺の本来のスマホを握りしめて、改札をくぐった。 「じゃ、こっちだから。岡本君、気をつけて帰れよ」 「はい! 今日は急にお誘いしたのに、本当にありがとうございました」 「じゃあね、おつかれさま」 「おつかれさまでした」 手を振りながら部長に俺は深々と頭を下げて見送り。 姿が見えなくなったところで、俺は部長が登った階段とは違う階段を昇った。 未だに震える、アイのいるスマホ。 俺はエスカレーターに乗ったと同時に、右ポケットに手を滑り込ませた。 「?!」 画面を見て驚いた……! いつもは真っ黒な液晶画面が、真っ赤になってその中央に〝emergency〟とデカデカと表示されている。 つい……と、いうか。 本能的にその〝emergency〟という画面をタップしてしまった。 『眞一さん、急いでここから逃げてください』 アイの機械的で冷静な声が、地下鉄の騒音で途切れ途切れになりながら響いた。 「……まだ、そんなことを」 『眞一さんが、変えたからですよ』 「え?!」 『部長は今日、必ず亡くなる予定なのです。眞一さんがきちんと未来に従っていれば、無関係な方を巻き込まずに済んだのですが』 「……ど……ういう」 『眞一さん、伏せてください』 ゴゴゴゴゴォォォォ!! 轟音が耳をつん裂き、俺は思わずその音の方を見た。 隣のホームに停車中の車両に、真正面からライトを煌々と照らした車両が迫っていた……!! ドォォォォン、ガシャーン!! 金属と金属がぶつかって、爆発したんじゃないかってくらいの爆音が。 一瞬で、俺の鼓膜を麻痺させる。 頭を抱えて階段の下に潜り込む、その瞬間。 熱風に混ざった何かの破片が、俺の体を無数に掠めいった。 ……痛い、熱い!! 何が起こった? 俺のせいなのか?! 未来を変えようと、アイにも土居にも言いなりにならない俺の小さな行動が。 こんな大事に変化して、引き起こした……のか?! そんな……そんな……! 俺は、アイを手にしただけだろ?! なんで……なんで……! こんなことになっちまうんだッ!! 「なんでだよーッ!!」 重たくのしかかる現実に、たまらず叫んだ俺の声は耳元で反響するだけ。 ただ俺自身に問いたかたちになってしまっていた。 「災難だったね、眞一」 未だに震えが止まらない俺の体を、ソッと包み込むように土居が手を回す。 地下鉄の階段脇で、放心状態になっている俺を見つけたのは土居だった。 土居にしてはめずらしく、焦燥した顔をしていたと記憶している。 制服を着た警察官に、俺の名前や住所等を告げると。 サッと、動けない俺を抱えて近くの病院に運んでくれた。 色々と検査をされた俺は、一晩病院のお世話になり。 翌朝、土居があの黒いSUVで迎えにきて、俺はそのまま土居の部屋に連れてこられた。 まるで、俺を子どもみたいに。 土居は俺の体を丁寧にシャワーで洗ったり、拭いたり、甲斐甲斐しく世話をしたりして。 土居の大きめのシャツを着た俺は、土居の部屋のソファーで己の身を土居に預けていた。 誰かに……寄りかかっていないと。 口には出さなかったけど、俺はちゃんと座ってさえもいられなかったんだ。 「眞一が無事でよかった」 「……長」 「何? 眞一」 「部長は? 井上部長は?」 「……聞きたい? だいたい察しはついてんだろ?」 「……」 その、土居の言葉が……深く胸を抉るように突き刺さった。 ……耐えられない。 夢だと思いたくて、土居に縋りたくて仕方がなくて。 俺は土居の首に腕を回すと、そのまま土居の唇に自らの唇を重ねた。 貪るように舌を絡めて、そうしていないと自分を保てなくて。 土居の体を引き寄せるように、ソファーに倒れ込む。 「……シたい」 「眞一」 「震えを止めて欲しい……。忘れるくらい激しくシたい」 「……眞一」 「お願いだから……謙治。……お願い」 〝その先の未来を知れば、幸せじゃなくなる〟 そんなの、いらない。 ほんの先の未来を知ったとしても、俺にとっては幸せでもなんでもなかったじゃないか。 だから、もう。 何も考えたくない、何も……。 「……ん、んんっ」 俺の体を這う土居の舌に、震える体が必要以上に敏感に反応する。 一気に。 頭の中が痺れたように、思考が快楽を求めだした。 もう、何も考えられない俺は。 土居の広い背中に爪を立て、腰を浮かせて言った。 「早く……早く……欲しい……! 中に……早く!!」

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