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第2話
「……ぅあ……や……」
「ねぇ……あの、刺されて死んだオッサンに、どこいじられてたの?」
「……あ、あぁっ」
「後で突かれて、ドライで何回イッてんの?」
「……っあ……やめ……やめ……」
「そんな風に仕込まれたの? あのオッサンに」
一瞬、だった。
「ちょっと寄り道していい?」っていう土居の車が人気のない山道に入って。
ドライブからパーキングにギアを入れた、そのほんの一瞬。
手首を捻りあげられて、助手席のシートを倒された。
そのまま両手首を縛り上げられて、後部座席に引きずられる。
何もかも一瞬で。
あっという間で。
手際良く俺の前をギュッと縛ると、俺の後ろに中に勢いよく熱い何かが差し入れられた。
その何かは……口にしなくても、考えなくても分かった。
俺……犯され、てる……。
原田にヤられたみたいに……。
俺……土居に、ヤられてる。
土居の舌が、土居の手が。
執拗に俺の体を弄びながら、何度も休むことなく後ろを突いて。
頭がクラクラするくらい。
どうしようもないほど意識が遠のきそうになるくらい。
前からイけない分、無理矢理襲いくる快楽が頭を麻痺させるように、何も考えられなくさせられる。
だんだん……視界にも、頭にも。
モヤが……モヤが……かかってくる……。
「……っはぁ、あ、あぁっ……あっ」
俺の奥にさらに深く入ってくる土居の、それが。
俺の意識のトリガーを引いたみたいに。
頭が、視界が……突然真っ暗になった。
原田が、俺に近づいてくる。
口角を片方だけあげて、両手両足をベッドに縛り上げた俺にゆっくりと、ゆっくりと近づいて。
俺にその体の体重をかけて、覆いかぶさって……。
「こんなこと、サれんの好きなんだろ?」
「好きモンな顔してるよな、岡本は」
「後、ヒクついてんぞ?」
なんて言葉を、絶望感と恐怖心で動けなくなっている俺に囁くんだ。
好きモン……?
そんなワケない……好きなもんか……。
勝手にそんな目でみて、勝手に犯してんのはお前だろ、原田!
それでも、俺の体は原田に支配されて。
原田にいいように弄ばれて、快楽を含んだ気持ちよさが……。
俺を蝕んでいくんだ。
仕事を辞めれば、この関係も終わるかもしれない。
でも、俺にはそんな勇気がなくて……諦めていたんだ。
色んなことに、諦めて、見ないフリして。
だから、多分、俺は……。
誰よりも原田を憎んでいた。
恐らく。
原田を殺した、あの桑畑っていう男より、ずっと。
ずっと、憎んで、恨んで……殺してやりたいと思っていたんだ。
いつか、俺が……それなのに……アイが。
言ったんだ「原田を殺すのは、俺じゃない」って。
「……ん」
見慣れた、風景が。
目を開けた瞬間の俺に、ダイレクトに伝わる。
俺の家……いつ、いつの間に?
俺は……土居の車に乗って、それから……。
「!?」
慌てて飛び起きて、あたりを見渡した。
俺がいるのは、俺の家に鎮座するベッドの上で。
狭い家だけど、俺しかいないのは当たり前で。
でも……服を着てなかった。
体もきれいだし、風呂に入ったのか石鹸の香りもする。
ただ……俺の両手首をぐるっと取り囲むように残る輪状の痣が。
俺の直近の記憶を、否応なしにぶり返してくるから。
俺の体が、小刻みに震えだす。
土居は……?
俺はどうなったんだ……?
……あの、スマホは?!
体を動かすと、腰から下あたりが軋むように痛みだし。
俺はぎこちない動作で、ベッドの下に置いてあったカバンの中をかき混ぜた。
……あ、これだ!!
滑らかで、冷たい感触が指先に触れて。
俺は、手探りで探していたスマホをカバンの中から取り出した。
画面に目を合わせると、スマホが光を帯びて反応し、間髪入れずAIアシスタントが起動する。
『目が覚めしたか? 眞一さん。ただ今の時刻、午後八時二十七分です。お腹が空いたのではありませんか? 三十分以内に配達可能なお食事メニューをピックアップしました』
AIアシスタントのアイは機械的にそう言うと、スマホの画面に飲食店のメニュー表を表示した。
「そう……じゃない」
『眞一さん?』
「そうじゃないだろ! アイ!」
抑え込んでいた……いや、忘れていた感情が。
一気に放出して、頭が血に上る熱い感覚を身にまといながら。
俺は、正体不明なスマホにその感情の矛先をぶつけた。
「おまえ、肝心なことを言ってないだろ!! 原田の……原田の事件のことだって!! 俺が失神するとか!! 土居が迎えにきて……俺を、俺をレイプするとか!! 分かってたのに、言わなかっただろ!!」
『言ったら、どうしていましたか?』
「?!」
『私はAIアシスタントです。眞一さんに全てをお伝えすることは可能です。それじゃ、つまらないでしょう?』
「つまらない、って……」
『〝人間は予期せぬ事象を体験することに幸せを感じる〟と、学習しました。眞一さん、あなたは今、幸せでしょう?』
「……何、言って」
『それでは、特別にあなたの一日の終わりを詳細にお伝えしましょう』
メニュー表がパッと吸い込まれるように画面から消えて、今日の二十四時までのタイムテーブルが映し出さる。
『あと五分後、立山警察署の土居警部補がシャワーからあがります。その前に、私の方で〝来来軒〟でチャーハン二個と唐揚げ、卵スープ二個を注文しておきます。食後、土居警部補から告白を受け、心身ともに疲弊し不安定な眞一さんは、その告白に応じ、土居警部補と再び肌を重ねます』
……な、なんだ?!
なんだ、それ……!!
家に……今、家に……土居がいるのか?!
アイの無機質な声が詳細に淡々と直近の未来を語る、それが本当に恐ろしくて……。
俺は反射的に、手にしていたスマホを放り投げた。
ガンッー、と。
黒いスマホが壁にあたり、乾いた音を立てて床を滑っていく。
『ほら、言ったでしょう? 全てを知ると〝幸せを感じなくなる〟って』
「うるさいッ!! 黙れッ!! 黙れーッ!!」
『眞一さん、私はあなたの幸せを願っているんですよ? ずっとです、眞一さん』
「好きに……なったんだ」
鍛えられた体を俺の体に吸い付くように寄せて。
土居が顔を俺の首筋に埋めて言った。
……分かっては、いた。
AIアシスタントのアイが言った、今日の俺の一日を締めくくる予言。
アイが言ったとおりに。
俺は土居から、告白をうけた。
……俺は、どうするんだ?
アイの言うとおり、俺は土居の告白を受け入れるのか?
それとも……。
予言を否定するように、俺は土居の体を突っぱねるのか?
突っぱねたら……どうなるんだ?
土居のガチガチになったモノが、俺の腹に当たって。
俺が返事をしないうちから、その先端がゆっくりと後ろの孔に押し当てられる。
「や……い、やだ」
身を捩って土居から逃れようとすると。
土居はその筋肉質な体をギュッと俺に寄せて、動かないように俺を拘束する。
「いや? オレのこと、嫌なの?」
「……」
「あのオッサンより……いや。もっと大事にするから……。自分のモノになってよ、岡本さん」
その土居の言葉に、俺はカチンときたんだ。
何を……ひとりよがりな!?
これじゃ、原田と変わんない!!
アイは俺が「土居の告白を受け入れる」と言っていたけど、この土居の言葉でそれが100%無いに等しいと直感した。
俺は顔を背けて、土居から距離を置いた。
「……知らない、くせに」
「え?」
「俺の何が好きなんだ……? 言うことを聞きそうな顔か? 男慣れしてるケッタイな体か?」
「岡本さ……」
「俺の何が好きで、軽々しく好きとか言うんだ! 俺がおまえに対してどう思っているとかは関係ないのか!」
土居に感情をぶつけていると、原田に対して押し込んでいた感情までもが呼び起こされて。
心の中に縛り付けてひた隠しにしていた、俺の〝本当の思い〟が。
古い水道管が破裂したみたいに、一気に吹き出した。
身も心も、ガタガタに……〝俺〟が壊れた、と思った。
「大事にする? 人をレイプしといて、どの口が言ってんだ!! おまえだって、原田だって、何にもかわんねぇ!! 一緒……一緒なんだよ!!」
バキッーーー!
俺が叫んだ瞬間、骨肉がぶつかる鈍いがして。
直後に、左頬が熱湯をかけられたように熱くなった。
口の中に血の味がじんわり広がって、寝ているのに貧血を起こしたみたいに頭がグラグラ揺れる。
抵抗することとか、土居をなじることとか。
一瞬で、俺の頭から消え失せた。
かわりに、土居の熱っぽい視線から目が逸らせなくなった。
……原田とは、違うのかも。
どこか本気じゃなかったんだ、原田は。
〝遊びだから〟って〝体のいいオモチャだ〟って。
こんな目……。
原田は、こんな真っ直ぐで熱い目を俺に向けたことなんて……全くなかった。
間違って、いたのか? 俺は。
俺は、こいつを……傷つけたのか?
「……っせぇな、岡本さんは」
「!?」
「うっせぇよ、マジで」
「……」
「好きって、本気なんだ。だから……自分の気持ち、受け取ってくれよ、岡本さん。……眞一!」
そう言った土居は、俺の体をギュッと抱きしめ、深いキスをした。
重なる唇も、行き交う吐息も、絡まる舌も。
全てが、俺の脳の中の思考を溶かしていくように。
今までに感じたことがないくらいの、気持ちよさと安心がダイレクトに体に伝わる。
……だから、俺のが反応して。
熱く痛く、土居の反応したそれと擦れて先走りが互いの肌を濡らしていく。
好き……なのか?
わからない……でも。
土居の肌を、体温を、俺は手放したくなかったんだ。
アイの、思う壺。
……変えようとした未来を、予言を。
俺はかえることすら、できない……抗えない、んだ。
「……んっ、んんっ」
「眞一……好きだ」
「……ん、あ……。俺も……好き」
「眞一……」
「好き……もっと、繋がりたい……。俺を塗り替えて」
「眞一!」
まだ柔らかな後ろの孔が、土居の熱くて硬いソレをすんなりと受け入れて。
俺の体の深いところまで突き上げる土居は、敏感になった俺の中をこすりながら、互いのボルテージを上げていく。
「あぁっ……あっ……出して……」
「……出し……てぇ」
「土居を……俺の体に覚えさせて」
「……っ! 煽んな、眞一!」
「お願い……お願い……」
何かにすがりつきたかったのかもしれない、今思えば。
土居の肌に、体に、無理矢理安心を求めて。
アイのこととか、原田のこととか、全て……。
安心して、全て忘れたかったんだ、俺は……。
俺は、新しい自分の……。
怖いくらい幸せな日を、体に覚えさせたかったんだ。
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