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秋と恋
「紫音、おめでとう!」
いつも二人で昼を食べる屋上でアオは俺を盛大に祝ってくれた。
俺は全国大会のピアノ部門で一位となった。
いつも通り教室に入るとあまりよく知らないクラスメイト達から祝福された。アオはその輪から離れた所で俺にそっと微笑みかけてくれた。
アオの作ってきた弁当は何段ものお重に敷き詰められていた。色とりどりで目に楽しいが、これは二人で食べる量なのだろうか。しかし、そんなことは愚問であり俺たちはぺろりと平らげてしまった。
「今日はね、デザートにりんごのピザがあります!」
「ピザ?」
アオが更にカバンから別のケースを取り出す。
(今日のおまえの鞄、食い物しか入ってないのか?)
その言葉は飲み込んだ。
「うん!今日早起きして生地から作ったんだよ〜。でも普通のだと冷めて残念になっちゃうでしょ?だからリンゴとシナモンをのせて焼いたんだ。」
「普通のってチーズとかのやつ?」
「そうそう」
アオはこくりと肯いた。
「おまえ、料理好きと言うか極めてるよね。ピザを生地から作るやつってなかなかいないと思う。」
「えへへ。紫音には言ってなかったかもだけど、ピザ屋でアルバイトしてるんだよね。」
「初耳だよ。おまえいつも図書室にいるからバイトとかしてないと思ってた。」
「勉強した後、急いでバイト先に向かってるんだ。お店は施設の方だから、確かに紫音は知らなくって当然かも。」
「ああ。半年近く、おまえは真っ直ぐ施設に帰ってるもんなのかと思ってたよ。」
「隠してるわけじゃ無かったんだけどさ。」
「気にしてないよ。それに、美味いよ。おまえの弁当。きっとこのピザもそうなんだろうな。」
素直に感想を述べるとアオは真っ赤になって俯いてしまった。
「あ、ありがとう。......さ、召し上がって!」
アオはアルミホイルに包まれたリンゴのピザを俺に差し出した。
「食べさせて。」
気づけば俺は、アオにとんでもないことを言っていた。
「へ?」
間抜けな声が聞こえた。それもそうだ。けれども俺も少し意地になっていて引くに引けなかった。
「ご褒美、一位になった。はい、あーん。」
自分で言っておきながら「あーん」て何だよ、と内心突っ込みを入れながら口を開ける。
「し、仕方ないなあ。今日だけだからね。」
アオもなんだかんだで乗ってくれる。そのチョロさが心配になる。
アオは小さな指でピザを千切ると俺の口へひょいっと入れた。
「ふふ、なんか餌付けしてるみたい」なんて言うから、アオの指にも噛み付いてやった。
アオの人差し指と中指を纏めて舐める。指の腹に舌を這わせ、わざと卑猥な音を立ててしゃぶりついた。行為を連想させるような舌使いにアオはぱくぱくと口を動かしたが、どれも言葉にはならなかった。
「ん、美味かった。」
俺はアオの指を解放して言った。
「し、紫音のばか!」
アオは耳の先まで真っ赤にして涙目になっていた。
「なあに、アオ。変な気分になっちゃった?」
俺はアオの柔らかい髪をくしゃくしゃに撫で回す。
しかし、アオはぼろぼろと泣きだしてしまった。
(しまった。揶揄いすぎたか。)
「ひ、ひどいよ、ぼくの、ぼくの気持ちなんて、知りもしない、くせに!」
アオはしゃくり上げながらも懸命に言葉を紡ごうとしていた。
「.......おまえの気持ち?」
「紫音にとっては、ただの遊びなのかもしれないけど、僕は、僕は紫音のことが好きだから、そういうのは、正直つらい.....」
そう言うと、アオは俯いて声も出さずに泣き続けた。
「アオ」
少し震えているアオの手を取る。それはとても冷たかったので、俺は体温を分けるように包み込んだ。
「アオ。俺がただの遊び相手に、こんな事するわけないじゃん。おまえがレイプされかけた時は正直心臓が止まりそうだった。おまえはずっと震えて目も覚さないし。家に連れ帰った次の日に、そのまま発情期 に入ったおまえを抱いたのは、本能にのまれたからなんかじゃないよ。」
「え.....?」
やっと薄藍と目があった。
「アオはずっと負い目に感じていたんだろうけど。あの日おまえを抱いたのは、紛れもなく俺の意志の上にある。おまえが好きだから。だから、抱いた。」
「う、嘘だ」
俺はアオを腕の中に閉じ込めた。
「嘘じゃない。初めて図書室で会った時から一目惚れだった。」
その言葉にアオの身体がピクリと震えた。
そして、大人しく腕の中にいたアオが何かを決心したかのように俺を見上げた。
「し、しおん.....」
「なんだ?」
「僕も、初めて会った日から、ずっと一人ぼっちだった僕に話しかけてくれた紫音が好きだったよ。」
「あの時の俺、かなり最低だったと思うんだけど。」
俺が言うと、アオは「えへへ」と笑った。
「紫音のは、ちょっと違った。僕はオメガだから、そこら辺の人より誰かに悪意を向けられることが多いから。そんな僕に言わせれば、紫音のは好きな子に意地悪しちゃう男の子のそれ、だと思う!」
目を潤ませたアオが名推理だと言わんばかりに胸を張った。その姿に俺は思わず笑ってしまった。
「はは、当たりかもな。.......でも、ごめんな。」
「もう〜!その事は解決済みだってば!」
アオはバシバシ俺の肩を叩く。正直、少し痛かった。
俺はアオの頬を両手で挟み、額をくっつけた。
「俺はおまえを本当に凄いやつだと思ってる。料理もできるし、勉強もスポーツもできる。その裏で人一倍努力しているおまえを俺は知っている。」
アオは鼻先を擦り寄せてから、こてんと俺の肩に頭を預けた。
「紫音だってそうじゃん。天才って言われてるけど、血を吐くように練習してる。僕も知ってるよ。」
◇◇◇
今まで分からなかった感情が、妙にストンと腑に落ちると、その先の言葉は簡単に出てきた。
「アオ、好きだ。」
アオは柔らかく微笑んだ。この笑顔も俺しか知らない。
「僕も好きだよ。それから、いつも守ってくれてありがとう。」
薄藍から一筋の涙が落ちた。
夜から零れた流れ星のようだった。
(第一章 終わり)
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