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(人がいっぱいいる……)  待ち合わせは、駅前の時計台の下。   地元の人間がよく使う集合場所だ。   今は冬休み中って事もあって、時計台周辺は大勢の若者達で賑わっていた。  行き交う人の話し声が全部俺の事を噂してるように感じて、胃がキリキリと痛み出す。  ただでさえ屈辱的な恰好させられてるのに、周りに男だとわかってしまったんじゃないかと不安ばかりが募って手に変な汗をかく。  うう、帰りたい。待ち合わせは午後三時。もうそろそろ相手が来るはずだ。  でも、よく考えたら俺、相手の情報を何も知らない。ただ、女装することになって、待ち合わせの時間と場所を教えられただけで、肝心な事聞き忘れてた。  こんなに人が居る中で、会った事も無い人を見つけるなんてそんなの無理だ。 (なぁ、相手の特徴は?) (あー、悪い。名前しかわかんねぇ) (は? ふっざけんなよ! そんなんでわかるわけないだろ!)  スマホの画面から目を離し、思わずビルの陰に潜んでいる和樹を睨みつければ、手でゴメン! と合図してくる。  でもまてよ……もしかして、これはチャンス? もしも相手が俺の事見つけらんなかったら、この計画は終わりじゃないか!  なんだか目の前がぱぁっと明るくなったような気がした。  そうだよ。会えなかったら何も起こらないんだし。神様は俺を見捨ててなかったぁ。 「……もしかして、百面相が趣味なのかい?」 「!」  いきなり聞き慣れない声が響いて、びくりと肩が小さく跳ねた。恐る恐る声のしたほうに視線だけを向けると俺より頭1個分くらい大きな男がジッとこちらを見下ろしている。  身長は180cmくらいあるだろうか? 顎のしっかりした男らしい顔立ちに切れ長で涼やかな目が印象的だ。  さっきまで騒然としていた周囲が水を打ったように静まり返り、時折こちらを見ながら「あの人カッコイイよね」なんて囁き声が聞こえてくる。  すらりと伸びた長い足や、凛々しい立ち姿はまるでモデルか芸能人を見てるみたいだ。    もしかして、この男が呼び出した男なんだろうか? いやいや、まさか!   じゃぁなんだ? もしかしてナンパ? ひょっとしてこの人、目が悪いんだろうか?  黒のダウンジャケットにデニムを合わせたカジュアルないでたちで現れた男は、俺が想像していた男性像とあまりにもかけ離れすぎていて、混乱する。 「あんたがハルさん?」 「は、はいっ!」  和樹が登録したハンドルネームを呼ばれて緊張が走る。コイツがそうなんだ……。  全然非モテじゃない! むしろアプリで女漁りなんてしなくても選び放題な奴じゃん!! 絶対!  なんだか男としても既に負けているような気がしてなんだか悔しい。こうなったらさっさと目的を果たすしかない。  長身の男はまるで品定めでもするように上から下まで俺を観察している。  なんだろこの人。初対面なのにジロジロと。  普段の恰好でもこれだけ見られたら誰だって不快に思うだろう。  ひょっとして、もう男だってばれた?  「……ふぅん……」 「あ、あのっ」 「まぁいいや。とりあえず行こうか」  俺が言葉を発する前に手馴れた手つきで腰を引き寄せられた。  にっこりと爽やかな笑顔を張り付かせ、半ば強引にゆっくりと歩き始める。  行くって一体何処に? てか、これは逃げた方がいいヤツなのか?  迷っているうちに男の足はどんどん駅から離れて行ってしまう。  駅の中で適当に話でもして時間を潰せばいいや。 くらいの気持ちでいた俺は正直焦った。  駅の構内やその周囲にも喫茶店は沢山ある。喫茶店なら、適当に写真だけ撮ってからトイレに行くフリして逃げれると思ってたのに。腰をしっかり掴まれて動きを制限されているから逃げるに逃げられない。 「あの、何処に……」 「ん? いいところだよ」 イイトコロって、何処だよ!!!   相変わらず無駄に爽やかな笑顔でそう言われて思わず顔が引きつった。  というか、これは非常にまずい状況なのでは?  そういや和樹! 和樹はどうしたんだろ。ピンチの時には助けてくれるって 「お友達は……ここには来ないよ」 「……っ!」  俺の思考を読んだかのようなタイミングで歩きながら囁かれ、背中に嫌な汗が伝った。  慌てて顔を上げると、切れ長の目がジッと俺を見ている。顔は笑顔だけど、目が全然笑っていない。  どうしよう、きっと男だってバレてるんだ。  すぅっと頭の芯から体が冷えていく感じがする。  俺、一体どうなるんだろう……。  今、謝ったらこの人は許してくれるだろうか? 「さて、着いたけど。どうする?」 「へ。どう、って」  ぐるぐると考えている間に連れてこられたのは、最寄りの駐車場。 目の前には何の変哲もない白い車。特別派手な装飾が施してあるわけでも、改造してるわけでもない、本当にフツーのワゴン車。  これに乗れって? それって、もう死亡フラグなんじゃ。  最悪のシナリオが頭を過って、全身にぶわっと鳥肌が立った。 「どうした?」  ドアを恭しく開けられて、足が竦む。一見クールなイケメンに見えるけど、この人きっと、とんでもない犯罪者なんだ。これに乗ったらきっと俺は……。  ていうか、和樹は!? 無事なんだろうか。 「あの、和樹は? 俺の友達どうしたんですか!?」 「へぇ、和樹って言うのかあの子。んー、そうだな……大人しく車に乗ったら教えてあげるよ」  切れ長の目がすぅっと細められて、にやりと口角が上がった。人の笑顔がこれほどまでに恐ろしいなんて、知らなかった。 「で? どうする?」  もう一度そう聞かれて言葉に詰まる。 けど、俺に選択肢がないことはもうわかっている。  今ならきっと、走って逃げることも出来るだろう。でも、そんな事したら和樹は?  ……友達を見捨てる事なんて俺にはできない。 「……乗り、ます」  自分でもびっくりするくらい掠れた声が出た。冷たくなった拳をぎゅっと握りしめて恐怖の第一歩を踏み出した。

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