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 薄暗い車内にこの雰囲気に全くそぐわない流行の音楽が流れている。   何時も耳にする曲で俺も大好きなフレーズの筈なのに、今は何処か遠い国の曲のようにも聞こえてくる。 「あの、和樹は? 無事なんですか?」 「和樹、君か……。その子、君の彼氏?」 「へっ!? いやいやいやっ! ただの友達です! っていうか、質問に答えてください!」    こっちは、真剣に聞いているのに馬鹿にしているのだろうか。  くすっと、小さく笑われた気がして眉間のしわが深くなる。 「あぁ、悪い。と、言うかキミ。 何か勘違いしているようだけど……。お友達は無事だよ。多分、今頃はオレのダチと仲良くお茶でもしてるんじゃないかな?」 「え、お茶……?」  予想外過ぎる返事が返ってきて、一気に体の力が抜けた。 和樹はあまり深く物事を考えるタイプじゃないから、上手いこと誘われたんだとしたら、知らない人とのティータイムだって充分すぎるほど有り得る。 けど、だからといって俺のピンチが去ったわけじゃない。 「いやぁ、透の言うとおりだったな。絶対ツレが居るはずだって……」 「……っ」  ちらりと、視線だけ向けられて息が詰まる。透、と言うのは共犯者だろうか?  和樹と連絡を取りたかったけれど、スマホは乗るときに没収されてしまってそれはかなわない。  この人の話を信用していいのかわからないけれど、今は無事で居てくれると信じるしかない。 「ハルちゃん、緊張してる? ずっと顔が強張ってる」  スッと手が伸びてきて逞しい大人の指先が羽のように頬を撫でた。  この状況で緊張しない方がどうかしている。 本当は今すぐにでも逃げ出したいくらいだ。 「女の子は笑ってた方が可愛いと思うけどな、オレは」 「え?」  一瞬、自分の耳を疑ってしまい、ハッとして顔を上げる。  視線が相手のソレと絡まり思わず直ぐに目を逸らしてしまった。頭上で笑う気配がして心臓がざわめく。  この人いま、「女」って言った?  聞き間違い、じゃないよな?  もしかして、オレの正体に気付いてない!? 「えっと、あの……」 「あぁ、自己紹介が遅れたな。オレはアキラ。怪しいもんじゃないから安心しなよ」 「……」  相変わらず、爽やかな笑顔を向けられて複雑な思いがこみ上げてくる。  これは俺をハメるための罠? それとも、本当に気付いていない?  極悪非道な犯罪者かと思ったけど、実は違うのかな?  いやいや、人は見かけによらないって言うし、それに出会い系なんて犯罪の温床だろ。  考えれば考えるほど何が真実なのかわからなくなってくる。  オレは混乱しそうになる頭をフル回転させて、どうしたらこの場を切り抜けられるのか考えた。  だけど、車という密室な上に目的地も不明。逃げ出した後路頭に迷って、結局コイツに捕まってしまうのは目に見えている。  だったら此処は怪しまれないように話を合わせて逃げるチャンスを待った方が得策だろう。  幸い、アキラはおしゃべりが好きらしく、聞いてもいないのに色々な話をしてくれる。 歴史が好きで、神社やお城を見に行くのが楽しみだとか、夜中にバイクで山に登り天体観測をするのが趣味だとか。 もしかしなくても、俺の緊張をほぐそうとしてくれているんだろうか? 段々と沈黙も気にならなくなってきた頃、アキラが唐突に爆弾を投下してきた。 「さっきからおれの話ばかりでごめんね。ハルちゃんは、なんでリアコイに登録したんだ?」 いきなり確信を付く質問に身体がギクリと強張る。 「え、えっと……友達が少なくて、色んな人と知り合えたらいいなと思って」 「へぇ、奇遇だな。おれもなんだよ」 アキラのは絶対嘘だろ! こんなイケメン、女子が放っておくはずがない! 思わずツッコミを入れそうになったのをなんとか堪え、嘘くさい愛想笑いで対応した。 その後、いくつか言葉のラリーを続けていると、信号が赤になったタイミングでアキラがチラリと俺を見て言った。 「喉乾かない? これ、飲んでいいよ」 「え、でも……」  すっと、差し出された1本のペットボトル。一見普通の飲み物に見える。 「大丈夫。毒は入ってないよ。それとも、オレンジユースは嫌いだった?」  俺の不安がわかったのだろうか? 見透かされたように言われて頬が引きつった。  ずっと緊張していたから、確かに喉は乾いているのだけど。 「嫌いじゃ、ないです」 「じゃ、これで信用してくれるかな?」  俺が飲まないと悟ったアキラは小さくため息を吐くと徐にペットボトルのキャップを開けてそれを口に含んでごくりと飲んだ。 「ほら、オレが飲めるんだから大丈夫だろ?」  そっと頭を撫でられて、ペットボトルを見つめる。まぁ、本人も飲んだし、毒なら飲まないだろうし……。飲んでも大丈夫、だよな? 「じゃぁ、いただきます」  まだ、完全に信用したわけではないけど、厚意は受け取っておこう。  丁度喉も乾いていたし、少しくらいいいよな?  口に含んでみても、至って普通のオレンジジュース。  なんだか、無駄に警戒してた俺がばかだったのかも?  出会い系サイトに登録するヤツなんて、モテない欲求不満の中年オヤジだけかと思ってたから凄く意外だ。  俺、めちゃくちゃ偏見持ってた。 ちょっと反省。  それにしても……アキラみたいなイケメンがなんで、登録してたんだろ?  それに――。 「そういえば、何処に向かってるんだ……ですか?」 「いい所だよ」  これだけは、何度聞いても教えてくれない。  着いたらわかる。意味深な言葉を残して、車はどんどんと人気の無い道を進んでいく。  いいとこって、一体どこなんだろう?  暖房のよく効いた車内は、急激に猛烈な眠気を俺にもたらして瞼がだんだん重くなる。  物凄く眠くて、瞼が開けていられない。  なんで、俺……急に……。 「まだ、着かないからゆっくりしてていい」 「う……ん……」  そっと大きな手が優しく頭を撫でた。その感触があまりにも心地よくてふわふわと浮いているような感覚になる。 「おやすみ。ハル……」  アキラの低音ボイスをどこか遠くに聞きながら、俺の記憶はその辺でぷっつりと途絶えた。

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